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第2章 離婚協議書、もうサインしたわ

その一言が、鋭い刃のように佐藤星夜の心臓を抉った。

三年間の結婚生活は、すべて自分だけの一方的な思い込みだった。

通りかかった看護師が、SVIP点滴室の外に立つ星夜を見て、思わず足を止めた。 「どなたをお探しでしょうか」

看護師の声に、点滴室の中の三人は、一斉に振り返り、声のした方へと視線を向けた。

入口に立つ星夜の姿を認めた瞬間、朝倉望の眉間が、瞬時に険しくなった。

星夜はゆっくりとSVIP点滴室の中へ足を踏み入れた。

それを見た看護師は、何も言わずに立ち去った。

「俺を尾行したのか」星夜を見るなり、望は冷たい声で問い詰めた。

そう言うとき、彼はまるで、星夜が着ている病衣や、額に巻かれた包帯、そして歩くたびに引きずる足に、まったく気づいていないかのようだった。

星夜は椅子に座るその男を見つめた。その容貌はあまりにも端正で、彫刻刀で削り出したような輪郭は深く、そして人の心を奪うほどに魅力的だった。顔のどの部分をとっても完璧で、そこには一点の曇りもなかった。

だが、その男が今、自分に向ける眼差しは、あまりにも冷たく、それどころか、はっきりとした苛立ちさえ含んでいた。

星夜の胸の痛みが、さらに深くなった。 顔色はまだ青白い。それでも星夜は望を見つめ、深く息を吸い込んだ。「ただ交通事故に遭って、たまたまこの病院に運ばれてきただけよ」

それを聞いて、望もようやく、星夜の額に巻かれた包帯の下から、うっすらと赤みが滲んでいることに気づいた。

彼は眉をひそめ、自分が星夜を誤解していたことに気づいたが、何も言わなかった。

星夜を見て、片岡誠の顔に、冷笑が浮かんだ。

彼は鐘崎遥香に向かって言った。「遥香、見えたか。これが望の奥さんだ」 「顔立ちが……なかなか個性的だろ」

「個性的」という言葉を、彼はわざと歯切れよく、吐き捨てるように言った。

遥香はその視線を星夜に釘付けにした。

星夜は肥満体で、見たところ九十キロ近くありそうだった。顔のパーツはすべて押しつぶされたように見え、何より左目から口元にかけて、大きな暗赤色の痣が広がっていた。

その痣のせいで、彼女の顔はさらに……見るに堪えないものになっていた。

遥香の瞳の奥に、一瞬の軽蔑がよぎった。

この体型、この顔では、彼女に危機感など微塵も湧いてこなかった。

誠の嘲りに満ちた言葉を、星夜は無視した。そして、瞬きもせずに望をじっと見つめ続けた。

そのとき、望が椅子から立ち上がった。星夜を見下ろしながら、淡々とした声で告げた。 「離婚協議書は、書斎の引き出しに入れてある。帰ったらサインしておけ」

その言葉は、まるで天を裂く雷のように、星夜の頭上に落ちた。彼女の体がぐらりと揺れ、危うく倒れそうになった。

胸の奥に巨石でも乗せられたように、息が詰まった。

(あの人は……離婚協議書まで、もう用意していたのか……)

(そんなにも……私との離婚を急いでいるのか……)

星夜は望を見つめ、諦めきれずに震える声で尋ねた。「あなた、本当に……本当に、私のことを少しも好きじゃなかったの?」

その言葉に、誠はわざとらしく大げさに天を仰ぎ、すぐさま星夜を嘲り始めた。「ちっ、星夜。お前、自分をよく見ろよ。 そのブタみたいな面して、お前のどこに、望が好きになる価値があるんだよ」

星夜は、なおも頑なに望を見つめ続けた。彼女が聞きたいのは、ただ彼の言葉だけだった。

望の表情は凍りついたまま、瞳は氷のように冷たかった。「少しも」

この瞬間、星夜にとって、それは何千もの矢で心臓を貫かれるような痛みだった。

彼女の目から、再び涙がこぼれ落ちた。

それでも彼女は笑った。笑いながら手で涙を拭い、うなずいた。「そう、わかったわ」

そう言い残して、彼女はもう振り返らず、その場を去った。

病室に戻る廊下を歩きながら、星夜は長い間考え込んだ。そしてついに決心し、携帯電話を取り出してメッセージを送った。【帆、決めたわ。アメリカに行く】

彼女は心の底から理解していた。今回のアメリカ留学の機会が、どれほど得難いものかを。

以前は、望のために、その機会を諦めようとさえ思った。

(だが今、彼女は思い知った。以前の自分がどれほど愚かだったかを……)

……

三日後、星夜は回復して退院した。

家に戻り、望の書斎で、星夜はその離婚協議書を見つけた。

彼女はペンを握りしめ、震える手で自分の名前を記した。

離婚協議書に、すでにサインされた「朝倉望」の文字を見つめながら、もう、諦めるべきなのだと星夜は自分に言い聞かせた。

自分のものではないものを、どれほど追い求めても、結局は無駄なのだ。

涙が自分の手の甲に落ちて、星夜は初めて、自分が涙で顔を濡らしていることに気づいた。そしてそのとき、彼女は深く実感した。苦しみが極限に達すると、心の痛みさえも感じなくなるのだということを。

涙を拭い、無表情のまま携帯電話を手に取り、星夜は望に電話をかけた。

「何だ」 望の声には、何の感情も込められていなかった。

挨拶もなく、星夜は切り出した。「離婚協議書、サインしたわ」 「明日の朝九時半、区役所で」

だが望は言った。「明日は無理だ。時間ができたら連絡する」

星夜の態度は譲らなかった。「だめよ。私が空いているのは明日だけ。朝九時半よ」

そう言うと、望が何か言い返すのを待たず、彼女は一方的に電話を切った。

翌日。

星夜は時間通りに区役所の前に着いた。

しかし、九時四十分になっても、望は現れなかった。

九時四十一分、星夜はためらうことなく、その場を立ち去った。

彼女は今日の正午十二時の飛行機で、アメリカへ飛び立つ。

今日から、彼女の人生に、望という男はもう存在しない。

彼女は、自分のために生きるのだ。

続きを読みますか?

読み進めると物語が続きます。

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章一覧

全132章

  1. 第1章第1章 自分でサインした手術同意書
  2. 第2章第2章 離婚協議書、もうサインしたわ
  3. 第3章第3章 本当にその素顔を見せるつもりはないの?

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