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チャプター 3 離婚届
翌日の早朝。
宮田陽男の漆黒のマイバッハが邸宅の門をくぐったのは、午前七時を回った頃だった。
車を降り、階段を上りながら、彼はどこか違和感を覚えていた。
何がおかしいのだろうか?
ああ、そうか。いつもなら、彼が帰ってくると、心月咲が二階の寝室から駆け下りて迎えてくれるのだ。
二階の寝室の前に立ち、彼はドアノブに手をかけた。
ドアはあっさりと開いた。部屋に入ると、クローゼットが開け放たれていて、心月咲の服はすべてなくなっていた。
さらに奥へ進むと、ドレッサーの上にあった彼女の化粧品も、すべて消えていた。 テーブルの上には、薄っぺらい紙が数枚だけ置かれていた。そこには、はっきりとこう書かれていた。
「離婚届」と。 陽男は鼻で笑い、その紙切れを手に取った。 右下の署名欄には、すでに心月咲のサインが書き込まれている。
だが彼は、彼女の「離婚」という言葉を、これっぽっちも本気にはしていなかった。
そもそも、あれほど苦心して自分に嫁いできたのは心月咲の方だ。そんな彼女が、自分から離婚するはずがない。 どうせ、少し拗ねているだけだろう。二、三日もすれば、また元に戻る。
「旦那様、お帰りなさいませ」 使用人の西山富紀が入口に立ち、尋ねた。「朝食はいかがなさいますか?」
陽男は離婚届をびりびりに破いてゴミ箱に捨てた。「奥様はどこへ行った?」
「奥様は昨夜遅くにお戻りになり、荷物をまとめてすぐに出て行かれました」 西山富紀はありのままに答えた。
少し言い淀んだ後、彼女は恐る恐る付け加えた。「旦那様、昨夜、奥様のご実家で何かあったようで……妹様が急病で病院に運ばれたそうです」
陽男は一瞬、動きを止めた。
なるほど。 昨夜、心月咲が立て続けに三回も電話をかけてきたのは、その妹の件だったというわけか。
午前九時。 市役所の前。
タクシーを降りた心月咲は、周囲をぐるりと見渡した。 しかし、どこを探しても陽男の姿は見当たらない。
心月咲は眉をひそめ、スマホを取り出して陽男に電話をかけた。
今回は、陽男はすぐに電話に出た。
心月咲はスマホを握りしめ、尋ねた。「宮田社長、今どこにいるんですか?」
電話の向こうで、陽男は面倒くさそうに答えた。 「どこに、とは何の話だ?」
心月咲は眉をひそめて言った。「昨日も言いましたよね。今朝九時に、市役所で離婚届を出すって」
「ああ、そうだ。 署名済みの離婚届も、忘れずに持ってきてくださいね」
陽男は鼻で笑った。「心月咲、いつまでそんなことを続けるつもりだ?」
心月咲が口を挟む暇もなく、陽男は続けた。「俺の忍耐にも限界がある。もう十分だろう、さっさと家に戻ってこい!」
そう言って、陽男は一方的に電話を切った。
心月咲は唇を噛みしめた。「ふざけたこと言わないで。私がわがままを言っているとでも?」
自分は本気で離婚すると言っているのに、陽男は自分がただ騒いでいるだけだと思っている。
彼女は再び陽男に電話をかけたが、今度はまったく出なかった。
陽男が出ないのでは仕方ない。心月咲はタクシーで病院へ戻るしかなかった。
病院。 小田葵咲の病室の前。
心月咲が戻ってくると、美緒が慌てて駆け寄ってきた。
「心月咲、さっき陽男さんの秘書が来たのよ」
心月咲は一瞬止まり、尋ねた。「あの人の秘書が?何のために?」
「葵咲の容態を聞きに来たの。 葵咲の昨夜の手術が成功したって伝えたの」
「なんと、葵咲の病室をVIPルームにアップグレードしてくれたのよ! もうすぐ看護師さんたちが、移動の手伝いに来てくれるわ」
美緒は少し間を置いて尋ねた。「そういえば心月咲、どうして急に荷物をまとめて家に戻ったの?」
「あなたと陽男さんの間に、一体何があったの?」
心月咲はうつむき、絞り出すような小さな声で答えた。 「私……あの人と離婚するつもりなの」
美緒は溜息をついた。「夫婦なんだから、喧嘩の一つや二つはあるわよ。些細なことなら、少し我慢すれば済むんじゃない?」
「でもね……」美緒は心月咲の肩を優しく撫でた。「あまり自分を犠牲にしてまで耐える必要はないわ。 本当に無理なら、離れてもいいと思うわ」
心月咲は、真っ赤に充血した目で、静かに頷いた。
その時、心月咲のポケットのスマホが鳴った。
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