あらすじ
雪山での過酷な登攀の最中、私は不意の雪崩に飲み込まれ、深い雪の底へと埋もれてしまった。身を切るような凍えの中で感覚は完全に失われ、命の灯火は今にも消えようとしていた。
そんな私を、夫は素手で10時間も雪を掘り続け、十本の指から痛ましいほど血を滴らせながら救い出してくれた。そして直ちにチャーター機を手配し、最高級のプライベート病院へと私を運び込み、懸命の救命措置をとらせたのだ。
生命維持カプセルの無機質な響きの中で、私はふっとわずかな意識を取り戻した。そこで耳にしたのは、夫と担当医が交わす信じられない会話だった。
「命を救うために、手足を切断するだけというお話だったはずです。 なぜ、奥様の造血幹細胞まで一滴残らず抜き取ろうとなさるのですか!」
「ご主人、これでは、あなたがご自身のその手で彼女の生きる希望を完全に断ち切ることになってしまいますよ!」
いつもは感情を抑えた理知的な夫の声が、骨の髄まで凍るような残忍さを帯びて静かに響いた。
「今日まで、この女を何不自由なく健康に生かしてやったこと。それこそが俺の最大の慈悲だ」
「俺が共に白髪になるまで添い遂げるのは、心から愛するあの女だけだ。そして、あの女を救えるのはこの女の命しかない。これは、この女があいつに背負った借りの代償だ。何としても命で返させる!」
ああ、そういうことだったのか。生も死も共にしようというあの美しい誓いは、私だけの哀れな独りよがりに過ぎなかったのだ。
夫が私を妻に迎えた本当の理由。それは、彼が愛してやまない後輩の命を繋ぐための、ただの「生きた血液バンク」として私を飼っておくためだったのだ。
――それなら、いいでしょう。あなたたちのその残酷な望み、私が叶えてあげる。
章一覧
全12章
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