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チャプター 3 もう逃がさない

藤原圭吾は充血した目を必死に見開き、目の前のオメガを見た。

相手は本当に背が高く、自分より頭半分は高かった。

圭吾が好むタイプのオメガではなかった。

圭吾は、甘くか弱く、可愛らしくて甘え上手な、そして何より自分を束縛しないオメガと番うと決めていた。

目の前のオメガは、その理想からかけ離れていた。

これほど大柄なオメガは、世界中を探してもそういないだろう。

アルファである自分より背が高いとは。恐ろしすぎる。

一生独り身でいる運命だろうな。

アルファよりもアルファらしい。こんな逞しいオメガを誰が好きになるっていうんだ?

圭吾は特に嫌だった。

そうは思っても、圭吾は分かっていた。今、自分の心が相手のフェロモンを渇望していることを。もはや意識では制御できない、本能そのものだった。

鎮めてほしい。せめて、この男のそばにいたい。

ラットに入ったアルファは、抑制剤を使わなければ、自分のオメガのそばにいるしかない。

オメガのフェロモンには鎮静作用があり、アルファの荒ぶる感情を効果的に鎮めることができるのだ。

さもなければ、暴走し、狂ってしまう。

全身の神経が叫び声をあげていた。

圭吾は男の服を掴んだ。十中八九、このオメガにハメられたのだろう。自分と番になりたいオメガはごまんといる。こうして策略を巡らされたのも、一度や二度ではない。不快感がこみ上げ、思わず低い声が漏れた。「よこせ……お前のフェロモンを」

圭吾の声はか細く、相手を掴む手は何度も滑ってようやく握りしめることができた。その声は、2人にしか聞こえないほどのささやきだった。

男はゆったりとした黒い長袖シャツを着ていた。気だるげな顔に臆する色はない。黒い瞳だけが危うい光を宿し、冷たく圭吾を見下ろしていた。

相手は答えず、弱々しい音感センサーの照明が消えた。

月明かりに照らされた男の顔は半ば影に沈み、深い目鼻立ちがいっそう際立っていた。冷ややかで、落ち着き払っている。年月を経て磨かれたようなその眼差しに捕らえられたら、二度と抜け出せなくなりそうだった。

男は凶暴そうには見えないが、情が薄く、無関心だった。

今この状況に陥っても、少しも動揺する素振りを見せない。

男は自分にすがりつく少年に目を落とした。

「俺にフェロモンはない」 冷淡な答えだった。気だるげな声だけが、水面に波紋を広げるように耳に残った。

圭吾は、相手が嘘をついていると思った。

ーーこいつは俺をマーキングしたんだ。 フェロモンがないはずがない!

圭吾は眉をひそめて怒りを爆発させそうになり、指先に一層力を込めた。

「もしあるなら、あんたがここに立っているだけで、とっくに匂っているはずだ」 と、淡々とした声が再び響いた。

圭吾ははっとした。男の言う通りだ。これほど近くにいて、しかも自分はこれだけ強烈なフェロモンを放っているのに、相手のフェロモンが匂わないなどあり得るだろうか?

アルファのフェロモンは、オメガを恐怖させる。

普通なら、このオメガはとっくに俺のフェロモンに屈服して反応を示すか、怯えて泣き出しているはずだ。

だが、この男の態度はあまりに落ち着き払っている。

考えられる可能性は1つだけ……。

ーーこのオメガは、フェロモンに異常があるのか?

どうりで、オメガらしくない風貌なわけだ。

圭吾のまぶたがかすかに震え、瞳が翳った。体の外にはフェロモンが出てこない……。

ならば……。

フェロモン異常の持ち主について、圭吾は聞き覚えがあった。

キスをすれば、フェロモンを得られると。

血液、体液、唾液――どれでもいい。

圭吾は激しく頭を振り、深く息を吸ったが、体は崩れ落ちそうだった。

呼吸をするだけで精一杯で、心拍数は危険域を何倍も超え、血管ははち切れそうだ。顔に滲む汗は驚くほど熱い。これ以上フェロモンを得られなければ……。

窒息死してしまう。

生存本能は、あらゆる理性を吹き飛ばす。圭吾の頭にはただ一つ、このオメガと交わることしかなかった。

圭吾は男の襟首を強く掴み、懇願するようにオメガを見つめた。「俺と、してくれ」

「なぜだ」 男は圭吾を見下ろし、その瞳の奥の感情は読み取れなかった。

圭吾の手の甲に青筋が浮き出た。「なぜだ、だと? よくもそんなことが言えるな! これはお互い様だろうが!」

言い放ってから、相手の体格のせいでオメガだということを忘れていたと気づき、アルファとしての責任感を口にした。「責任は、俺が取る」

男の同意を待たず、圭吾の手がその首筋に触れた。 ひやりとした感触は、冷たい月光のようだ。

圭吾はわずかに顔を上げ、熱い吐息とともに男に顔を近づけた。

その唇をこじ開けてやる。

圭吾は男の薄い唇に、乱暴に、無我夢中で喰らいついた。

唇が触れた、その瞬間。

ごくわずかなフェロモンを、圭吾は感じ取った。

氷の山から流れ出す泉のように冷たく、雪山と清流を思わせる香りだった。

真夏に扉を開けたら、目の前に雪山が広がっていたような心地がした。冷たい香りが体の奥まで染み込み、圭吾の熱と溶け合いながら、少しずつ鎮めていく。

……気持ちいい。

その奥に、紫檀の香りがした。

この匂いが、好きだ。

現在読めるのはここまでです。

読み進めると物語が続きます。

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章一覧

全44章

  1. 第1章チャプター 1 彼は今どこに?
  2. 第2章チャプター 2 あなたのフェロモンを少しだけ
  3. 第3章チャプター 3 もう逃がさない

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