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チャプター 2 籠の中のカナリアじゃない

そもそも彼らが結婚したこと自体が間違いだったのだ。ならば、一刻も早くこの過ちを正さなければならない。

密やかに思いを寄せ続けた二年、結婚してからの三年。丸五年という歳月をかけても、彼女は彼の心を温めることはできなかった。 それならば、これ以上泥沼に沈んでいくわけにはいかない。

(私、西森千夏は、こんなふうに生きるべき人間ではない!)

尾崎時生の瞳に驚愕の色が走った。まるでとんでもない冗談でも聞いたかのように、その口角が皮肉げに釣り上がった。

「千夏!喚くのもいい加減にしろ。俺から離れて、ハイブランドの新作が手に入るとでも思っているのか? 何億もするような代々伝わるジュエリーを、お前が身につけられるとでも?」

千夏は強張った顔を上げ、背筋をピンと伸ばして、一言一言はっきりと告げた。「時生、私はあなたの妻よ。あなたが鳥籠で飼っているカナリアじゃない!」

妻だと?

時生の漆黒の瞳に冷酷な光がよぎり、その言葉にはっきりと脅しが込められていた。「西森千夏、自分の立場をわきまえろ。お前のヒステリーに付き合っている暇はない!」

そう吐き捨て、彼はドアを激しく閉めて部屋を出て行った。

千夏は遠ざかっていく彼の背中をじっと見つめ、きっぱりと言い放った。「ヒステリーなんかじゃないわ。離婚協議書は私が作成して、サインしてからあなたの会社に送るから」

ゴロゴロ――!

千夏が家を出た時、どんよりと曇った空に突然雷が鳴り響き、すぐに大粒の雨が激しく打ち付け始めた。 彼女は傘を差し、毅然とした態度でスーツケースを引いて歩き出した。

大学時代からの親友である原田美帆は、彼女が離婚すると知るやいなや、時生への罵詈雑言を延々と浴びせ、それから聞いた。「でも、なんで離婚するのよ? 結婚した時は、死別しかあり得ないって言ってたじゃない」

他人は千夏がどれほど深く時生を愛しているか知らないかもしれないが、美帆だけは痛いほど分かっている。

千夏は深い憂いを帯びた表情で、ため息をついて言った。「昔とは違うのよ」

美帆はそんな単純な話ではないと直感し、急かして問い詰めた。「千夏、正直に話して。一体どういうことなの?」

千夏の胸の奥から、チクチクとした酸っぱい痛みが込み上げてきた。「私たちの結婚三周年の記念日に、彼、浮気したの。しかも、あの忘れられない女とね」

時生が麻里と一緒にいるところを撮られたのは、一度や二度ではない。だが、それは食事だったり、撮影現場の訪問だったりと、まだ言い訳のつくものばかりだった。 今回のように、直接ホテルへ向かったのとは訳が違う。

千夏はスマホを取り出し、あの動画を再生した。スピーカーから漏れる音声が、愛する人の裏切りを容赦なく彼女に突きつけていく。

動画を見終えた美帆は完全に頭に血が上り、憤然と捲し立てた。「あのクソ男、見た目はいいくせに趣味が悪すぎるわ!浅野麻里みたいな性悪女、あんたより綺麗でもないし思いやりもないのに。飢えすぎて何でも食いつくようになったわけ? ……そういえば、あいつの不倫で、慰謝料はいくらもらうつもり?」

千夏のピンと張っていた背筋が、少しだけ丸くなった。「何も要求してないわ。身一つで出てきたの」

美帆は信じられないというように目を丸くし、千夏の肩を揺さぶった。「あんた、バカじゃないの?浮気男の金なんて、もらわなきゃ損でしょ!それに、悪いのは彼の方なんだから」

千夏はため息をついた。「財産分与なんて持ち出したら、離婚の話し合いが長引くだけよ。それに、私だって損はしてない。この何年かで、彼が西森家に回してくれた契約は十分すぎるほどだわ」

尾崎グループがこぼれ落ちてくるようなプロジェクトでも、少なく見積もって数千万単位の純利益が出るのだ。

美帆もその理屈には納得したようで、千夏の手を握って聞いた。「じゃあ、離婚した後はどうするつもり?」

タクシーでここへ向かった時、千夏はすでにビジネスの第一線へ復帰することを決意した。「恋愛でつまずいた分、仕事で成功してやるわ。3年前に業界を引退した時、叶えられなかった夢を実現させるつもりよ」

結婚する前、千夏は芸能プロダクションのマネージャーとして活躍し、数人のタレントを抱えていた。彼女の育成とプロデュースのもと、彼らは一人残らず大ブレイクを果たしたのだ。

当時、彼女は最も将来性のある男女二人のタレントを、それぞれ最優秀主演男優賞と女優賞の座に導くことを目標にしていた。 しかし、運命のいたずらで時生と関係を持ってしまった。

一夜の過ちの後、目を覚ますと、彼女と時生に向けられた無数のフラッシュが閃き、二人の関係を問いただす記者たちに囲まれていた。

当時、時生は尾崎グループの経営を引き継いだばかりで、まだ完全に足場を固めていなかったため、このスキャンダルに泣き寝入りするほかなかった。

その日のうちに、二人は婚姻届を提出した。結婚式も、花束も、そして指輪さえもない結婚だった。

美帆は彼女が仕事に復帰する決意を固めているのを見て、慌ててSNSのタイムラインを開いて見せた。

「星光メディアの社長の高野俊臣が、ちょうどマネージャーを募集してるわ。あなたの古巣だし、以前は実績もあったじゃない。私が彼に電話して、面会の約束を取ろうか?」

千夏は拒絶するように首を振った。「やめて。元の会社に戻るつもりはないわ」

あの時、彼女は一方的に退職したため、関係が少しこじれてしまったのだ。それに……。

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読み進めると物語が続きます。

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章一覧

全152章

  1. 第1章チャプター 1 離婚
  2. 第2章チャプター 2 籠の中のカナリアじゃない
  3. 第3章チャプター 3 吐き気がする

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