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チャプター 2 三人の幼女

ゾウになってから数日、僕はこの身体に少しずつ順応していた。

この大きな身体のおかげで長い距離も楽々移動できるし、器用に動く長い鼻のおかげでいろんなことができる。

手のように物を持つこともできるしホースのように水を吸い上げて口に注ぐこともできる、それから邪魔な藪をかき分けることもできる優れものだ。

それから森の中では食べ物にも困らない。  匂いを嗅げば食べられるものがだいたい分かるからね。

そういえばこの森には怖い猛獣とかっていないのかな? 小鳥とか小動物はちょくちょく見かけるけど。

あ、美味しそうな匂いを発見。

カスタードのような甘い香りを頼りに鼻を伸ばすと、木の上に大きくてトゲだらけの果実を発見。

あれが匂いの元かな。ぱっと見あんまり美味しそうじゃないけど、この甘い匂いを信じてみよう。

枝に一つだけぶら下がる大きな木の実を、僕は鼻で巻き付けてもぎ取る。

鼻の皮が分厚いおかげで、トゲトゲもへっちゃらだぞう。

それから地面に置いて象牙を差し込むと、中から白くてクリーミーな果肉が姿を現した。

鼻で摘まんで一口食べてみると、口の中にやっぱりカスタードのような香しい甘味が溶け込んでいく。

今まで食べた中で一番美味しいかも!

美味しい果物に舌鼓を打っていると、微かな異変を突然感じた。

一瞬人の悲鳴みたいなのも聞こえたけど、何だろう。

気になったので僕は果物を口にかき込んでから、異様な気配を辿って移動をした。

近づくほどにいろんな匂いも漂ってくる。

生々しい血の臭いと、鼻を突く独特な獣臭。

少し歩くと森の中に光射し込む開けた場所があって、荷車のような物が放置されている。

その近くで赤い毛並みの大きな熊が人のような何かを貪っていた。

なるほど、この熊に襲われたんだね。  気の毒に。

少し胸を痛めたところでこの場を離れようとしたときだった、荷車の方から熊とも喰われてる人とも違う匂いを感じ取った。

荷車に目を凝らしてみると、中に小さい子どもの顔が僅かにのぞいている。

「うえーん、怖いよ~!」 「バカ、泣いちゃダメ! 気づかれちゃうでしょ!?」

この声、中にいるのは幼女か!?

僕が日本語として聞こえる幼女の声に耳を向けると同時に、熊も荷車の方へ血にまみれた顔を向ける。

中では多分二人の幼女が恐怖に震えているはず、そんなの放っとけるわけがないじゃないか!

「パァン!!」

気がつけば僕はラッパのような雄叫びをあげて、熊と荷車の間に割って入っていた。

「ブロロロロロロ……」

「グルルルルルル……」

お互いにうなり声をあげてけん制する僕と熊。  すると熊が間髪入れずに突進してきた!

「グオッ、グオオオ!!」

こっちに駆け込むなり、熊が平手打ちをかましてくる。

前世の死に際で受けた車の衝突と遜色ない重量感の打撃と、刃物のように鋭い爪の斬撃。

だけど僕の顔には大した痛みを感じなかった。

ゾウの分厚い皮膚が攻撃を防いでくれたんだ。

「グオッ、グオッ!」

攻撃が通じなかったと見るや、二本脚で立ち上がって威圧する熊。

だけど大きさでは僕の勝ちだ!

「プオオオオオオオオオン!!」

声を張り上げて鼻をぶち当てた途端、熊の巨体が森の木をなぎ倒して吹っ飛ばされる。  これには熊もたまらず背を向けて逃げ出した。

あれ、熊って思ったより弱い……?  いや、僕が強いのか。

なんといってもゾウは地上最大の動物なんだ。  自然界では大きさが力を決めると言っても過言ではない、なら一番大きい僕がこんなに強いのもうなづける。

――そうだ、荷車の中に幼女がいるんだった。

熊を追い払ったところで、僕は荷車へおもむろに歩み寄る。

その近くで地面に転がっていた男の死体は、腹が無残にも食い荒らされていた。

うわあ、グロいぞう。

死体から目を逸らした僕が荷車のホロを鼻でまくると、中でやっぱり幼女が二人抱き合って震えていた。

「……助けてくれたの?」

そう言いながら恐る恐る這い寄ってきたのは、前世では見たこともなかった桃色の髪を二つに結んだ女の子。

頬が少しこけているように見えるし、着ている服もボロ布を縫っただけのものでとても粗末だ。

そして首には寒々しい鉄の首輪がはめられている。

どうしてこんな姿してるんだ……?

桃色髪の女の子が僕の鼻に手を伸ばそうとすると、もう一人の女の子が手を引いて止める。

こちらは背中の中程まで伸ばしたくせ毛の黒髪と赤い目が特徴的。

「ダメ、ルゥ! こいつもアリサたちを食べる気に違いないわ!」

この娘は警戒心が強いのか、桃色髪の女の子を抱き寄せてこちらを睨んでいる。

熊に襲われたかと思えば今度はもっと大きな動物が近づいてきたんだもん、そりゃ怖いよね。

あ、そうだ。

あることを思いついた僕は、あえて鼻を上げて戯けてみせる。

すると桃色髪の女の子が、頭からちょこんと伸びるアホ毛をピョコピョコと弾ませながら無邪気に笑ってくれた。

「あはは、おもしろ~い!」

「――こわくないよ、だって。そういってる」

荷車の奥から這い出てきたのは、三人目の幼女だった。

眠たそうなお目々と短い金髪もそうだけど、一番目を引くのはピクピク動く狐のような耳とフサフサの尻尾。

これがいわゆる獣人なのか、そんなのもいるんだね。  ってことはここって僕の知ってる世界とは違うのか……?

そんなことを考えていると、狐耳の女の子が僕の鼻面に小さな手で触れた。

わお、幼女のお手々柔らかい。

「だいじょうぶ。あぶないのじゃなさそうだよ」

狐耳の女の子の言葉を聞くと、桃色髪の女の子が思い出したかのように手をポンと叩く。

「思いだした! この動物さんはゾウっていって、草食のおとなしい動物なんだよ。たしか昔のずかんにそうのってた!」 「そうなの、ルゥ?」

黒髪の女の子に、ルゥと呼ばれた桃色髪の女の子がコクンとうなづいた。

「ねえぞうさん、わたしも触っていい?」 「パオ」

純粋な目をしたルゥちゃんのお願いに、僕は大きな頭でうなづいて応える。

するとルゥちゃんの手が僕の鼻面に触れた。  またまた幼女のお手々柔らかい。

「わ~、思ったよりやわらかい!」 「ホントに、ルゥ?」

ずっと警戒していた黒髪の女の子も、ルゥちゃんの言葉で僕に歩み寄る。

だけど僕がちょっと鼻を動かしたら、スゴい勢いで後ずさりしてしまった。

「やっぱり怖い! アリサには無理!」 「だいじょうぶだよ、ありしゃ」

荷車の奥で縮こまる黒髪の女の子に、狐耳の女の子が歩み寄る。  この娘は自分のことアリサって言ってるけど、それが名前なのかな。

ふとルゥちゃんが首辺りをかきむしり始める。

「う~! かゆいよー!」