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第2章

畑中桜歌奈 POV:

私は, 朦朧とした意識の中で, 成四郎が会場を後にするのを見た. 彼は, 私の方を一度も振り返ることなく, 乃紗と共に去っていった. 乃紗は, 彼の腕に寄り添い, 満足げな笑みを浮かべていた.

「早く, あの女を片付けろ」

成四郎の声が, 私の耳に届いた.

彼は, アシスタントに冷たい命令を下していた.

彼の声は, 私にとって, もはや何の感情も伴わない, ただの音だった.

私の心は, 完全に空っぽになっていた.

私は, 過去を思い出していた.

彼が, まだ北野成四郎だった頃.

小さなレストランで, 夢を追いかけていた頃.

あの頃の彼は, もっと優しかった.

もっと, 純粋だった.

だが, あの頃の彼はもういない.

私の目の前にいるのは, 権力と名声に溺れ, 私を貶めることに何の躊躇もない, 冷酷な男だった.

私は, 突然, 意識を取り戻した.

倒れたままでいるわけにはいかない.

私は, 起き上がった.

ふらつく足で, 会場の出口へと向かった.

アシスタントが, 慌てた様子で私を呼び止めた.

「桜歌奈様, どちらへ? 成四郎様が, お待ちになるようにと…」

私は, 彼の言葉を無視した.

そして, 出口のドアを開け, 夜の闇の中へと飛び出した.

私の足は, どこへ向かうともなく, ただ前へと進んでいた.

私が会場を出たことに, 成四郎は驚いただろうか.

彼は, 私が彼の言葉に逆らえないと信じている.

だが, 私はもう, 彼の思い通りにはならない.

彼のスマートフォンが, 執拗に鳴り続ける.

着信画面には, 成四郎の名前が表示されていた.

私は, 通話ボタンを押した.

「一体どこへ行ったんだ, 桜歌奈! 」

彼の声は, 怒りに満ちていた.

私は, 何も言わない.

ただ, 彼の声を聞いていた.

「すぐに戻ってこい! 君は僕の妻だろう! 勝手な行動は許さない! 」

彼の言葉は, もはや私を傷つけることはなかった.

ただ, 彼の傲慢さが, 私の心を苛立たせるだけだった.

彼は, 私が彼を裏切ったと感じているのだろうか.

私が, 彼の成功に水を差したと感じているのだろうか.

彼は, 私がどれだけ彼を愛してきたかを知らない.

いや, 知ろうともしなかった.

私たちは, いつからこんな関係になってしまったのだろう.

かつては, お互いを深く愛し, 支え合っていたはずなのに.

いや, それは私の幻想だったのかもしれない.

彼にとって, 私は, ただの道具だったのかもしれない.

電話の向こうから, 乃紗の友人たちの声が聞こえた.

「まだ桜歌奈が戻ってこないのかしら, 成四郎さん」

「本当にしつこい女ね」

彼らの嘲笑が, 私の耳に届いた.

彼らは, 私がどう反応するかを予測している.

私が, 彼らの言葉に傷つき, 絶望することを.

「彼女は, きっとあなたの成功に嫉妬しているのよ」

「可哀想な成四郎さん. あんな女に捕まって」

彼らの言葉は, 私の心を, まるで氷の刃で切り裂くかのようだった.

私は, 彼らの言葉の裏にある悪意を感じた.

彼らは, 私をさらに貶めようとしている.

そして, 成四郎は, 彼らの言葉に, 何の反論もしない.

私は, 彼の言葉や, 彼らの嘲笑に, もはや耳を傾けなかった.

私の心は, すでに決まっていた.

私は, この状況を終わらせる.

「はは…」

私は, 思わず笑い声が漏れた.

その笑い声は, 悲しみと皮肉に満ちていた.

私は, この数年間, 彼を愛することに全てを捧げてきた.

しかし, その愛は, 彼にとって何の意味も持たなかったのだ.

私は, もう彼を愛していない.

私の心の中には, もはや彼に対する感情は何も残っていなかった.

私は, この関係を終わらせる.

そして, 私の人生を取り戻す.

私は, 通話ボタンを押した.

電話は, 切れた.

私の心は, 再び軽くなった.

私は, スマートフォンを取り出し, SNSアプリを開いた.

乃紗の新しい投稿が表示されていた.

そこには, 成四郎と乃紗が, シャンパンを片手に, 笑顔で写っている写真が掲載されていた.

乃紗の指には, 見慣れない指輪が輝いていた.

それは, 私が成四郎から贈られた, 結婚指輪とよく似ていた.

いや, それよりも大きく, 華やかだった.

私は, その写真を見て, 一瞬, 息をのんだ.

しかし, すぐに冷静さを取り戻した.

私の心は, もはや動揺しなかった.

ただ, 嫌悪感.

そして, 怒り.

成四郎は, その投稿に「いいね! 」を付けていた.

彼の承認が, 私をさらに深く傷つけた.

しかし, 私は, もはや涙を流すことはなかった.

私の涙は, すでに枯れ果てていたのだ.

私は, スマートフォンを握りしめた.

私の心は, 氷のように冷たくなっていた.

私は, もう二度と, 彼らの思い通りにはならない.

私は, 自分のSNSを再び開いた.

そして, 新しい投稿を作成した.

「自由」

短い一言.

しかし, 私の心の中では, 壮大な叫びが響き渡っていた.

私は, この言葉に, 私の全ての決意を込めた.

私は, もう二度と, 彼の束縛を受けることはない.

私は, 家へと向かった.

私の足は, 軽かった.

家に着くと, 私は, 自分の荷物をまとめ始めた.

しかし, 私のものと呼べるものは, ほとんどなかった.

この家は, 私のものではなかった.

私の居場所は, どこにもなかったのだ.

深夜.

突然, 玄関のドアが開く音がした.

成四郎が帰ってきたのだ.

彼の足音は, 乱暴で, 怒りに満ちていた.