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第3章
健司の車が, 玄関を出て行くのを, 私は窓から見ていた.
彼の姿が見えなくなると, 翔が小さな体で私の足にしがみつき, 寂しそうに顔を埋めた.
彼の肩が, かすかに震えているのがわかった.
その小さな背中を見つめながら, 私の心の中で, 久しく蓋をしていた記憶が, 再びよみがえる.
もし疾風が生きていたら, 翔はこんな悲しい顔をする必要はなかっただろう.
疾風は, どんな時も翔のそばにいてくれたはずだ.
その思いが, 私を締め付けた.
秘書が持ってきた写真が, デスクの上に置かれた.
それは, 健司と夢歌菜が, ホテルの一室で抱き合っている姿だった.
あまりにも生々しい写真.
私の心は, 何一つ揺れなかった.
「理事, どうされますか」.
秘書の声が, 静かに響いた.
私はしばらく考え, そして答えた.
「全ての家族資産を, 翔に譲渡する手続きを進めて」.
健司が夢歌菜と関係を持つこと自体は, 私にとってはどうでもいいことだった.
ただの遊びなら, いくらでも黙認する.
しかし, 私には決して許せないことが一つだけあった.
「私生児だけは, 絶対に許さない」.
私の声は, ひどく冷たかった.
健司の血を分けた子供など, この世に生まれる価値もない.
あの男と同じように, 穢れた存在だ.
それから一ヶ月, 何も変わらない日々が続いた.
健司は約束通り, 翔を遊園地に連れて行った.
私は彼らの後ろを, 少し離れて歩いていた.
健全な家族の姿を装って.
その時, 健司が突然立ち止まった.
視線の先に, 夢歌菜がいた.
彼女は姪を連れて, 私と健司と同じ遊園地にいる.
健司は笑顔で夢歌菜に手を振った.
夢歌菜は, 健司の隣に私がいることに気づくと, 一瞬顔をこわばらせた.
しかし, すぐに営業用の笑顔を貼り付けた.
最初は, 健司の愛人である夢歌菜が, 私の前で挑発するような真似はしないだろう, と思っていた.
しかし, 遊園地で三度も鉢合わせした後, 私の考えは変わった.
彼女は, 私と健司の目の前で, 健司に甘えるような視線を送り続けている.
この刺激を, 楽しんでいる.
やはり, この女は愚かだ.
私は完璧な笑顔を浮かべ, 夢歌菜に声をかけた.
「もしよかったら, ご一緒にいかがですか? 」.
夢歌菜は一瞬躊躇したが, 「まあ, いいんですか? 私, 遊園地なんて久しぶりで」と, 嬉しそうに答えた.
その瞳には, 健司への依存と, 私への敵意が入り混じっていた.
健司の顔から, さっきまでの笑顔が消え失せていた.
私は何も言わず, わずかに口角を上げただけで, 彼の様子を観察した.
夢歌菜の姪が「アイスクリーム食べたい! 」と騒ぎ出した.
健司はすぐに「僕が買ってこようか」と立ち上がった.
彼は夢歌菜のために, 家族との時間を犠牲にすることに何の躊躇もなかった.
健司がアイスクリームを買いに行くと, 私は夢歌菜と二人, パラソルの下で座った.
「健司さんって, 本当に優しいですね. 他人の子供にもあんなに親切にしてくれるなんて」.
夢歌菜は健司の優しさを自慢げに語った.
私はサングラス越しに, 彼女の愚かな顔を見つめた.
「健司はね, 可哀想な人には放っておけない性分なの」.
私の言葉に, 夢歌菜の顔が硬直した.
健司がアイスクリームを手に, こちらに駆け寄ってくる姿が, 私にはひどく滑稽に見えた.
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