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チャプター 3 結婚するの、しないの?
わずか一分の間に、大谷旭海は大塚日葵に二度も驚かされた。
「日葵お嬢様、自分が何を言っているのか分かっているんですか?」
彼は訝しげに日葵を見つめた。まるで目の前にいる女が、誰もが知る美しき大スターではなく、どこからか現れた怪物であるかのようだ。
日葵自身も、自分の唐突さは自覚している。旭海は大谷家の御曹司であり、大谷家のおじい様の目に入れても痛くない大切な孫だ。どんな女でも選び放題なのに、なぜバツイチの自分と結婚しなければならないのか?
だが、権力の面で康太と互角に渡り合えるのは彼しかいないのだ。
康太に対抗するには旭海の力が必要であり、同時に、康太が後悔して復縁を迫ってくる可能性を完全に断ち切りたかった。
彼女はこれまで数多くの映画やドラマに出演してきたが、いわゆる「遊び人が改心して戻ってくる」という筋書きが何より嫌いだ。
さらに重要なのは、彼女の認識の中では、すでに旭海とは肉体関係を持った仲だということだ。
彼女は責任を取らなければならない。
「一言で答えて。結婚するの、しないの? しないなら他の人を当たるわ」
気の短い彼女が手を伸ばしてペアリングをしまおうとした途端、リングケースに触れた手を旭海にガッチリと掴まれた。
「せめて、どうして俺なのか教えてくれませんか?」 探るような旭海の瞳は暗く細められ、深い意味を含んでいる。
口元には笑みを浮かべているものの、その目にはすでに微かな冷酷さが透けて見える。
おそらく、彼を納得させるだけの妥当な理由がなければ、日葵が何か企んでいると見なされるのだろう。
日葵は正直に答えた。「あなたの助けがなければ、この半分の財産を守りきれないの。結局、また康太に奪い返されてしまうわ」
日葵は自分の立ち位置を明確に理解している。ビジネス界を縦横無尽に駆け回る狡猾な康太とは違い、彼女は芸能界を泳ぎ回るのが得意なだけだ。美貌もスタイルも演技力もあり、付き合いの術も心得ているが、ことビジネスの才能だけは致命的に欠けている。
数少ない起業の経験も、すべて失敗に終わっている。
彼女は店を出せば潰れ、どんな業界に手を出しても赤字を叩き出した。
途中で裏方に転向して映画制作をしようとした時でさえ、元金すら回収できないほどの大赤字を出し、彼女の巨大なファン層をもってしてもその衰退を挽回することはできなかった。
だから今回、日葵は賢く立ち回ることにした。このお金を守ってくれる人を見つけるのだ。
「康太が人の心を読み、駆け引きする能力も、商売の腕も、あなたならよく分かってるでしょう。あなたが何年も彼と渡り合ってきて、一度だって優位に立てなかったのに、まして私に何ができるっていうの? でも、私たちが結婚すれば話は別よ。私があなたを勝たせてあげる」 日葵は真剣な眼差しで旭海を見つめた。「康太は本当に抜け目がないわ。彼は自分の財産の半分を不動産と現金に換算して私に渡したけれど、株式はたったの12.5%しかくれなかった」
「12.5%?」
「ええ。そうすれば彼の手元には53%が残り、会社に対する絶対的な支配権を維持できるから」
西山グループの今日の地位とビジネスの規模を考えれば、財産の半分を日葵に分け与えることは確かに康太の身を大きく削る行為だ。だが、彼がその分を稼ぎ直すのは、ただ時間の問題でしかない。
日葵は誰よりもよく分かっている。この程度のお金では、康太に致命傷を与えることはできないのだと。
「今が康太にとって一番弱っている時よ。彼を叩き潰すなら、今しかないわ」 日葵は再び魅力的な切り札を提示した。
旭海は今度ばかりは本当に心を動かされたようだ。「少し、考えさせてくれませんか?」
旭海のその態度に、日葵は首を傾げた。前の人生で康太の罠にはめられた時、旭海はためらうことなく彼女を庇ってくれた。だから一時は、彼の心の中で自分は少し特別な存在なのかもしれないと思っていたのだ。
だが、今の旭海の反応を見る限り、明らかに彼の心の中で自分は他の女と何ら変わりない存在だ。
まさか、私の読み違いだったのだろうか?
彼女が深く考える間もなく、クルーズ船のどこかから、聞き覚えのある忌まわしい声が聞こえてきた。
「日葵さん、午前中に言っていた大事な約束って、大谷さんのことだったんですね?」 晶咲が驚いたように声を上げたことで、康太の視線もこちらに向けられた。
日葵と旭海が一緒にいるのを目にした途端、康太の顔色は目に見えて険しくなった。
日葵は呆れ果てた。この広い新浜市で、よりによってこの忌々しい二人に出くわすとは。
まさに悪縁というほかない。
旭海は口を挟むことなく、いっそ面白がるように背もたれに寄りかかり、高みの見物を決め込んだ。
このクルーズ船のレストランは予約が極めて困難で、以前日葵が連れてきてほしいと何度も頼んだ時、康太は決まって「忙しい」「時間がない」と断った。それが今、晶咲を連れてくる時間はあったというわけだ。
日葵は胸の奥に湧き上がった微かな不快感をできる限り押し殺し、康太と晶咲を無視して、わざと旭海と仕事の話を始めた。 「大谷さん、イメージキャラクターの件は前向きに検討させていただきます。詳細については私のマネージャーと話し合ってください」
イメージキャラクターだと?
旭海はおかしそうに眉をひそめてみせた。「大塚さんの『条件』についても、検討させてもらいましょう」
康太が場違いな声を上げた。「君が大谷グループの広告塔になるだと?」
彼の問い詰め方には、当然のように相手を見下す傲慢さが透けており、日葵の耳にはひどく障った。「ええ、何か問題でも?」
日葵が「ええ」と答えた瞬間、康太の周囲の空気が凍りついたように冷え込んだ。
晶咲でさえ、その異変に気づいた。
彼女は唇を噛み、いかにも可憐で哀れっぽく口を尖らせた。「日葵さん、あんなに私と西山社長のことで社長を責め立てていたのに。私たちはあなたに申し訳ないと思っていたのに、あなた自身も大谷さんと……」
彼女は言葉を途中でわざと途切らせ、残りの意味は康太の想像に委ねた。
案の定、康太の瞳の色は目に見えてどんよりと沈み込んだ。「……いい度胸だな」
康太は昔から喜怒哀楽を顔に出さない男だった。長年連れ添ってきても、日葵は彼が取り乱したり、人前で声を荒げたりするのを一度も見たことがなかった。
感情を隠すことは、彼のような上に立つ人間にとって必須のスキルなのだ。
だから他の人間には分からなくても、日葵にははっきりと分かった。康太は今、確実に怒り狂っていると。
康太の怒りの反撃はこうだ。 日葵が大谷グループの広告塔になるというのは、その場しのぎの口実だったのだが、西山グループは傘下の高級ラグジュアリーブランド「ストーリー」のアパレルラインにおけるグローバルアンバサダーに、晶咲を起用すると大々的に発表したのだ。
西山グループのこのアパレルラインは、そもそもが大人の女性らしさを前面に押し出したテイストであり、晶咲の「清純派」というキャラクターとは水と油だ。 それ以前に、現在の彼女の格では、このクラスの広告塔に抜擢されること自体が本来あり得ないことだ。
ネット上では瞬く間に大騒ぎとなった。
ファンたちは、こうして突然決まった広告塔の起用が何を意味するのか、よく分かっている。
咲のファンは大喜びした。 日葵のファンから長い間「不倫と知っていて略奪した泥棒猫」と罵られ続けてきた彼らにとって、ついに胸を張って反撃できる絶好の機会が訪れたのだ。
「西山社長はとっくに日葵みたいなヒス女のことなんて愛してないのに、あの女がしつこく社長にすがりついてるだけでしょ。二人とも一年以上も一緒にいるところを撮られてないの見てないわけ? もしかしたらとっくに離婚してて、公表してないだけかもよ」
「前にあのヒス女が必死にすり寄ってた『ストーリー』のアンバサダーになれなくて、結局うちの晶咲が選ばれたとかウケる。 これでうちの晶咲のランクも爆上がりだね」
「これで西山社長が誰を一番大事にしてるか、はっきりしたよね? 社長の大々的な愛の証明。これ以上ロマンチックな告白はないでしょ」
日葵はトレンド入りしたこれらのコメントを見てもただ滑稽に思うだけだったが、マネージャーの佐々木さんは怒りのあまり声を荒らげた。
「あの西山康太って男は本当にクズね!以前、あなたの商業的価値が疑われて、『ファッション界から見放された』なんて記事が飛び交ってた時、自分を証明するためにどうしても大物の広告契約が必要で、私たちが『ストーリー』のアンバサダーにしてくれってあんなに頼み込んだのに、あいつは頑として首を縦に振らなかったじゃない。あなたのイメージと『ストーリー』のテイストが合わないだの、安易に契約したら消費者の不満を買うだの、公私混同はできないだのって……ふんっ!晶咲が相手になった途端、そんな基準なんて全部なくなっちゃうわけね!」
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