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翌日の午前10時。

東都国際空港は、大勢の人でごった返している。

木下結衣はスーツケースを引きながら、到着ロビーから歩み出た。

スマホの電源を入れた途端、一番上の兄・智也からLINEのメッセージが届いた。 「結衣、会社で急なトラブルがあって、どうしても手が離せなくなった。迎えの人間を手配しておいたから」

結衣は了解とだけ返信し、出口付近でスーツケースを傍らに置いて待った。

時を同じくして、すぐ近く。

長身の男が、長い脚を交差させるようにして到着ロビーの出口へ向かって歩いている。

藤田湊斗はひどく不機嫌な顔つきで、全身から「近づくな」と言わんばかりの冷たいオーラを放っている。

じいさんが死ぬと脅してこなければ、朝からこんな場所に足を運び、会ったこともない女を迎えに行って婚姻届を出すような真似は、絶対にしていなかったはずだ。

湊斗は薄い唇をきつく結び、その瞳には苛立ちが満ちている。

彼はスマホを取り出し、祖父から送られてきた写真を開いた。

遠くから撮られた一枚だ。

小柄で色白、陽の光の下で目元を細めて笑う姿は、従順で無害そうに見える。

スマホをロックして顔を上げ、湊斗は気だるげな視線を人混みに滑らせた。

次の瞬間、彼の視線はある細身のシルエットでピタリと止まった。

黒のトレンチコートを羽織り、長い髪を無造作に後ろでまとめた女だ。すっぴんでありながら、はっとするほど鮮やかな美しさを放っている。

湊斗は彼女を2秒ほど見つめ、足を踏み出して近づいた。

「白川市から来たのか?」

彼は結衣の目の前で立ち止まり、冷ややかな声で尋ねた。

声を聞いて顔を上げた結衣は、目の前の男を見て一瞬呆気にとられた。

てっきり兄が手配した迎えの人だろうと思い、彼女はこくりと頷いた。

湊斗は彼女が肯定したのを見て、それ以上は何も聞かなかった。

「ついて来い」

それだけ言い捨てて、背を向けて歩き出した。

結衣は慌ててスーツケースを引き、彼の後を追った。

車に乗り込んだ後、湊斗はシートに背を預けて目を閉じ、一言も発さなかった。

結衣も窓の外に視線を向け、あえて話しかけようとはしなかった。

3年にも及ぶ馬鹿げた日々に終止符を打ったばかりで、心身ともに疲弊しきっている。今はただ、3年ぶりに帰るあの家へ一刻も早く帰りたくてたまらない。

運転席の男は、ルームミラー越しにこっそりと後部座席の様子をうかがった。

この二人……

これから結婚しようというカップルに見えるだろうか。

どう見ても、親の仇同士の対面だ。

結衣がふと窓の外へ目をやると、そこに見える建物に釘付けになった。

東都区役所だ。

彼女は呆然として湊斗の方へ顔を向けた。「どうしてここに?」

湊斗はすでに車のドアを開けて降りており、その声に振り返って眉をひそめた。「身内から何も聞いてないのか? お前の家の現状を考えれば、俺に嫁ぐのが最善の選択肢だろう」

結衣の頭の中で、ガンッと鈍い音が響いた。まるで雷に打たれたかのようだ。

(うちの現状……?)

彼女はハッとして、兄がLINEで送ってきた『会社で急なトラブルがあって』という言葉を思い出した。

もしかして、木下家はどうしても乗り越えられない危機に直面していて、兄は家を守るためにこの方法を選んだのだろうか?

彼女は慌ててスマホを取り出し、兄に電話をかけた。

『おかけになった電話は、現在電波の届かない場所にあるか……』

無機質なアナウンスが何度も繰り返されている。

結衣の心は、少しずつ冷たく沈んでいった。

3年前、翔平のために実家と縁を切り、身勝手に家を飛び出したことを思い出した。

今、木下家が危機に陥っているというのに、自分に逃げる資格などあるだろうか?

ただの結婚だ。相手が誰であろうと同じことだ。

家族がこの危機を無事に乗り越えられるのなら、たとえ火の海だろうと飛び込んでみせる。

結衣はスマホをしまい、深呼吸をして車のドアを開けた。「行きましょう」

湊斗は彼女を一瞥した。その反応を少し妙に感じたようだが、深くは追及しなかった。

二人は前後に並んで東都区役所に入った。

身分証の提示、書類への記載、そして署名

すべての手続きは20分もかからずに終わった。

東都区役所を出ると、湊斗は婚姻届の受理証明書の控えを無造作にポケットへ突っ込み、鍵を一つ取り出して結衣に手渡した。

「雲水湾レジデンス8号だ。自分で引っ越してこい。 俺は用事があるから、また連絡する」

そう言い残すと、背を向けて車に乗り込み、さっさと去ってしまった。

結衣:「……」

(結婚って、こんなに適当なものなの?)

だが、それもいい。

政略結婚なのだ。必要以上に縛り合うこともない。

彼女は自分の分の婚姻証明書と鍵をバッグにしまい、道端でタクシーを拾った。

「運転手さん、木下邸までお願いします」

30分後、タクシーは木下邸の外で停車した。

結衣は運賃を払い、ドアを開けて降りた。

目の前にそびえ立つ屋敷を見上げると、目頭がじんと熱くなった。

3年前、彼女はスーツケースを引きずりながらここを去り、二度と戻らないと誓ったのだ。

あの頃は愛こそがすべてであり、松尾翔平こそが自分の帰る場所だと信じていた。

今思えば、なんて滑稽なのだろう。

大きな扉がゆっくりと開き、白髪の老人が足早に出迎えてきた。その後ろには二人の使用人が続いている。

「お嬢様!お嬢様が帰ってこられた!」

鈴木義雄が結衣の前に歩み寄り、その濁った瞳には涙が溢れている。

「痩せられましたな……すっかりお痩せになって」

結衣は、幼い頃から自分を見守ってくれたこの老人を見て胸が温かくなり、手を伸ばしてその腕を支えた。「義雄さん、ただいま」

「お帰りが何よりです、帰ってきてくださって本当によかった」 義雄は目尻を拭い、声を詰まらせた。「ささ、早く中へ」

結衣は頷き、義雄に続いて中へ入った。

「智也お兄ちゃんと、颯太お兄ちゃんは?」 結衣は何気ない風を装って尋ねた。

「智也様は会社でお忙しくされております。ですが昨夜のうちに、今日お嬢様が戻られるから準備をしておくよう、皆様に言いつけておられました。 颯太様は海外に行かれておりますので、お嬢様がお戻りになったことをまだご存知ないかと……」

現在読めるのはここまでです。

読み進めると物語が続きます。

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章一覧

全120章

  1. 第1章チャプター 1 裏切り
  2. 第2章チャプター 2 クズ男を蹴り飛ばす
  3. 第3章チャプター 3 婚姻届

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