/0/24439/coverbig.jpg)
チャプター 2 クズ男を蹴り飛ばす
午後11時、玄関からパスワード解除の電子音が聞こえた。
松尾翔平がドアを開けて入ってくる。玄関の明かりをつけた途端、ソファに座っている木下結衣が目に入った。
彼はスリッパに履き替え、彼女のそばへ歩み寄ると、自然な仕草で身をかがめて抱きしめようとした。「結衣、どうして電気もつけずにこんな所に座ってるんだ? 俺を待ってたのか」
結衣は体をこわばらせ、生理的な吐き気を覚えた。
つい数時間前、この手は別の女を抱きしめ、この体は別の女と激しく求め合っていたのだ。
それなのに今、何事もなかったかのように自分へ白々しい愛情を向けてくる。
彼女は勢いよく翔平を突き飛ばした。
無防備だった翔平は、二歩ほど後ずさりし、顔を曇らせた。「どうしたんだ」
結衣は一言も発さず、立ち上がって真っ直ぐ2階に向かった。
翔平は眉をひそめて後を追い、寝室の前に着いた時、ちょうど彼女がスーツケースを引いて出てくるのと出くわした。
その様子を見て、翔平は単に、今日自分が記念日を一緒に過ごせなかったことで彼女が拗ねているのだと思い込んだ。
彼は心底の苛立ちを抑え込み、機嫌を取るように言った。「わかった、今日は俺が悪かったよ。 でも会社が本当に忙しいんだ。俺だって俺たちの将来のために頑張ってるんじゃないか。 この忙しい時期を乗り越えたら、旅行にでも行って、ゆっくり一緒に過ごそう、な」
彼のその偽善的な顔を見ていると、結衣はもう一言も口を利く気になれなかった。
彼女はスマホを取り出し、今夜、白川市中央病院のシステムで撮影した医療記録の画面を開くと、真っ直ぐ彼の目の前に突きつけた。
画面には、患者情報と病因がはっきりと表示されていた。吉川莉子、22歳、急性黄体破裂。
翔平の視線が画面に落ちた瞬間、その瞳孔が急激に収縮した。
彼の顔色は、わずか数秒の間に赤から白、そして青ざめた色に激しく変化した。
彼は勢いよく顔を上げ、信じられないというように結衣を見つめた。
まさか結衣の手が、他の病院にまで伸びているとは思いもしなかったのだ。
「結衣、俺を調べたのか」 翔平の最初の反応は罪悪感ではなく、プライバシーを侵害されたことへの怒りだ。
結衣はスマホを引っ込め、彼の怒り狂う無様な姿を見て、ただ滑稽に感じた。
自分がその執刀医であったことは説明しなかった。
そして彼女が沈黙していることは、松尾翔平にとっては暗に認めたことを意味している。
一瞬にして、怒りが理性を上回った。
彼の端正な顔立ちがわずかに歪み、冷ややかな笑い声を漏らした。「いいだろう木下結衣、俺はお前を見くびっていたようだ! だが、調べたからどうだって言うんだ? 忘れちゃいないだろうな、お前は俺と一緒になるために、実家と完全に縁を切ったんだぞ! 今のお前には帰る家なんてない。俺のところ以外に、どこへ行けるって言うんだ」
結衣は目の前にいるこの男を、まるで道化でも見るかのように静かに見つめている。
3年間の感情が、今この瞬間、ひどく滑稽で安っぽく思えた。
完全に深みにはまる前にすべてを見抜けたことを、彼女は心から幸運に感じた。
「パァン!」
甲高い平手打ちの音が響き、松尾翔平の頬を容赦なく張った。
「翔平、あなたって本当に吐き気がするわ」
そう言い捨てると、彼女はスーツケースを引き、彼を避けるようにして外へ向かった。
翔平は火のように熱く痛む頬を押さえ、彼女の背中に向かって怒鳴りつけた。「木下結衣! このドアを出て行ったら、後で泣いてすがりついてきても知らないからな」
結衣は一度も振り返ることなく、夜の闇の中へ歩み去った。
街灯の下に立ち、彼女はスマホを取り出すと、一切の躊躇なく翔平のすべての連絡先をブロックした。
そして、3年間一度も連絡を取っていなかった番号に電話をかけた。
コール音が1回鳴っただけで、電話は繋がった。
聞き慣れた声が耳に届き、結衣は目頭を熱くし、声を詰まらせながら口を開いた。「お兄ちゃん、私が間違ってた……家に帰りたい」
章一覧
全120章
/0/24817/coverbig.jpg)
/0/19956/coverbig.jpg)
/0/23119/coverbig.jpg)
/0/24858/coverbig.jpg)
/0/25241/coverbig.jpg)
/0/24824/coverbig.jpg)
/0/27221/coverbig.jpg)
/0/27166/coverbig.jpg)
/0/27154/coverbig.jpg)
/0/27104/coverbig.jpg)
/0/27150/coverbig.jpg)
/0/27134/coverbig.jpg)