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第3章
黒木初実 POV:
私の心臓が, まるで氷の刃で貫かれたかのように冷たくなった. 謙信さんは, 私の最愛の息子を, 自分と「血の繋がりのない子」としか見ていない. 彼が蓮を「蓮」と呼ぶのではなく, 「蓮は」と突き放すような言い方をしたことに, 私は絶望を覚えた.
私は深く息を吸い込んだ. ここで感情に流されてはいけない.
「謙信さん, 私たちが結婚して四年. あなたと私は, 共に喜び, 共に悲しんできました. あなたは私のことを, 誰よりも理解していると, そう思っていました」
私の声は, 驚くほど冷静だった.
「私のことを, 四年も共に生きてきた妻のことを, あなたは本当に信じられないのですか? 蓮は, 私たち二人の子です. なぜ, それを疑うことができるのですか? 」
私は謙信さんの目をまっすぐに見つめた. 彼の目に迷いが見えた気がした.
「謙信さん, あなたは蓮が生まれてから, どれほど彼を可愛がってくれましたか. 彼の最初の言葉, 最初の歩き方, 彼の笑顔…全てを, あなたは私と共に見てきたはずです. どうして, その全てを疑うことができるのですか? どうか, 蓮を信じてあげてください」
私は懇願するように言った.
謙信さんは, しばらくの間沈黙していた. その沈黙は, 私にとって永遠のように感じられた. 彼はゆっくりと目を伏せ, そして, 冷たい声で言った.
「四年間, か. 随分と長い歳月だったな. だが, 年月が長ければ長いほど, 裏切りの痛みも大きい. それに…蓮が僕に似ていない, という話は, 以前から職場の同僚たちからも囁かれていた. 僕が一体, どうすれば信じられるというんだ? 」
謙信さんの言葉は, 私の胸に深く突き刺さった. 私のこれまでの努力, 彼への愛情, 全てが無に帰したような感覚だった.
私はもう, 何も言うことができなかった. 言葉は喉の奥に引っかかり, 出てこなかった.
この人とは, もう, 何も通じ合えない.
私は唇を噛み締め, 立ち上がった.
「わかりました. あなたがそこまで言うなら, もう一度, 親子鑑定をしましょう. 今すぐ病院に行きましょう. 蓮を起こして, 一緒に」
私がそう言うと, 謙信さんは素早く立ち上がり, 私の腕を掴んだ.
「何をするんだ! これ以上, 恥を晒すつもりか! もう鑑定結果は出ているだろう! これ以上, 事を荒立てるな! 」
謙信さんは怒鳴り, 私を突き飛ばした.
私は床に尻もちをついた. 彼は, 私よりも自分の世間体や面子の方が大切だというのか.
「まだ足りないのか? お前は, 僕たちに他人の子を育てさせるだけでなく, さらに騒ぎを起こして僕の会社での立場まで危うくするつもりか? 」
謙信さんは顔を歪めて言った.
私は, 床に座り込んだまま, 皮肉な笑みを浮かべた.
「恥? 恥とは一体, 何でしょうか? 私は何もやましいことはしていません. 私の心には, 一点の曇りもありません. もし, あなたがそれでも信じられないのなら, 何度でも鑑定をすればいい. 何度でも, この証明をすればいい! 」
私の声は, 夜の静寂の中に響き渡った.
謙信さんが何か言おうとした, その時だった.
「もういいでしょう, 謙信. これ以上, この女のわがままに付き合う必要はないわ」
静子さんが口を挟んだ. 彼女は謙信さんの隣に立ち, 私を冷たい目で見下ろしていた.
「病院に行く必要なんてないわ. もう結果は出ているんだもの. まさか, お父様が嘘をついているとでも言うのかしら? それとも, あなたが私を騙そうとしているとでも? 」
静子さんの言葉は, まるで氷のように冷たかった. 彼女の表情には, 以前の優しさは微塵もなかった.
私は静子さんの言葉に, 思わず息を呑んだ. 彼女の口から出る言葉は, まるで別人格のようだった. なぜ, 彼女はここまで私を敵視するのか.
私は強く拳を握りしめた. もう, この人たちと話しても無駄だ.
部屋に再び, 重苦しい沈黙が降り注ぐ.
謙信さんはテーブルの上の鑑定書を手に取った. 彼はそれをざっと見ると, 私に投げつけた.
「これを見ろ! この結果を見ても, まだ何か言い訳をするつもりか! 蓮に, 僕の血が流れていない理由を説明しろ! 」
謙信さんは声を荒げた.
「まさか, お前は病院が不正な鑑定をしたとでも言うのか? 」
私は顔を歪め, 必死に感情を押し殺した.
「この報告書が, おかしいんです. 私は何も…何もしていません. どうか, 私を信じてください. もう一度, 鑑定をすれば, 全てが明らかになります! 」
私は懇願するように言った.
謙信さんは私の言葉を聞くと, フンと鼻で笑った.
「僕は…両親が信じることを信じる. お前の言葉よりも, 両親の言葉を信じる」
謙信さんのその言葉は, 私の全身を硬直させた.
私は, 心のどこかで, 謙信さんが私を信じてくれることを期待していたのかもしれない. しかし, その期待は, 彼の一言によって打ち砕かれた.
絶望が, 私の全身を覆い尽くした. もう, 争う気力もなかった.
「わかりました」
私が言うと, 信二さんは立ち上がった.
「ようやく, 認める気になったか. お前のような女は, やはり謙信とは釣り合わなかったんだ. 最初から結婚などさせるべきではなかった! 」
信二さんは私を指差して罵った.
静子さんも, 信二さんの言葉に同調した.
「私たちがどれだけ謙信のために尽くしてきたか. あなたのような人間性の低い女に, 謙信は利用されただけだったのね! 」
私は, もう, これ以上何も耐えられなかった.
「私は何も認めていません! あなたたちが, ただ私を悪者に仕立て上げたいだけでしょう! 私を信じようともしないくせに! 」
私が叫んだ瞬間, 私の頬に再び強い衝撃が走った.
「パァン! 」
顔が熱くなり, 体がよろめいた.
謙信さんが, 私を平手打ちしたのだ.
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