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チャプター 3
「子兎ちゃん、随分と聞き分けが悪いな」 鷹司暁は、NEXUS Holdingsの最上階にある執務室で、部下の加藤が差し出したタブレットの画面を見つめ、面白そうに呟いた。 画面に表示されているのは、凛が投稿した「契約夫募集」の広告だった。キーワード「西園寺凛」でアラートを設定させていたため、投稿後すぐに彼の元へ情報が届いたのだ。 「総帥、何か?」 側に控えていた加藤が、怪訝な顔で尋ねる。普段、氷のように無表情な主が、珍しく笑みを浮かべていたからだ。 「いや少し、面白いものを見つけただけだ」 暁はタブレットを閉じると、加藤に命じた。 「今日の午後の予定はすべてキャンセルしろ銀座に行く」 その頃、凛は銀座の高級喫茶店の個室で、途方に暮れていた。 広告を投稿してから、驚くほどの数の応募メールが殺到した。その中から、経歴がクリーンで、まともに見えそうな数人をピックアップし、面接の約束を取り付けたのだ。 しかし、現実は甘くなかった。 一人目は、西園寺家の資産について根掘り葉掘り聞いてくる、脂ぎった中年男。 二人目は、一見真面目そうだったが、会話中に何度も凛の持つバーキンにいやらしい視線を送る、胡散臭い若者。 凛は心身ともに疲れ果てていた。金のためだけに、しかし信頼できる協力者を見つけることが、これほどまでに難しいとは思わなかった。 三番目の面接相手から「車が故障した」と遅刻の連絡が入り、凛はため息をついた。もう、これで最後にしよう。 そう思いながらコーヒーカップに手を伸ばした瞬間、苛立ちで手元が狂い、カップが傾いた。熱い液体が、彼女の着ていた白いワンピースに、無残な染みを作る。 「あっ……!」 凛は小さく悲鳴を上げ、慌てて席を立った。洗面所で染みを落とさなければ。 急いで立ち上がったせいで、身体がふらつく。转身したその時、誰かの硬い胸板にぶつかった。 「危ない」 頭上から、低く、そして聞き覚えのある声が降ってくる。 凛が弾かれたように顔を上げると、そこには、夜のように深い瞳があった。 昨夜の、あの男。鷹司暁だった。 今日の彼は、仕立ての良い黒のカジュアルスーツを身に纏い、髪も完璧にセットされている。昨夜の、風呂上がりで無防備な姿とは違い、近寄りがたいほどの威圧感と、危険な色気を放っていた。 凛は無意識に一歩後ずさる。 「どうして、あなたがここに?」 暁は答えず、彼女のワンピースの染みに視線を落とした。そして、ごく自然な仕草で、ポケットから清潔なハンカチを取り出して差し出す。 凛はそれを受け取らなかった。この男を見ると、昨夜の屈辱と、あの馬鹿げたプロポーズを思い出して、腹の底から怒りがこみ上げてくる。 「西園寺さんは、誰かをお待ちで?」 暁は、彼女の心を読んだかのように、楽しそうに言った。 「あなたには関係ない」 「そうか?」 暁はそう言うと、凛の向かいの椅子を引き、悠然と腰を下ろした。 「『夫』の採用面接は、順調かな?」 雷に打たれたような衝撃。凛は目を大きく見開き、目の前の男を見つめたまま、言葉を失った。 暁は自分のスマートフォンをテーブルの上に滑らせる。画面には、凛が投稿した、あの広告が表示されていた。 彼はテーブルに両肘をつき、身を乗り出す。灼けつくような視線が、凛を射抜いた。 「もう他の奴を面接する必要はない」 彼は、一言一言、区切るように言った。 「俺が、応募する」
章一覧
全130章
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