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ドアが閉まる音が響いた。

星野凛は全身の力が抜け落ちたかのように、冷たい床に崩れ落ちた。

最初から分かっていた。結城司との間に未来などないことを。

彼は雲の上の存在である結城グループの社長であり、ピラミッドの頂点に立つ天の寵児だった。

そして自分は、ただ初恋の女性に似ているという理由だけで彼のそばに置かれた、身代わりに過ぎなかった。

もう、夢から覚める時だった。

自分にできるのは、身の程をわきまえて席を譲り、潔く退場して、彼の幸せを祈ることだけだった。

それなのに、どうしてこんなにも胸が痛むのだろう。

翌日、凛は気を取り直して、芳賀莉子を出迎えた。

「星野さん、結婚式とドレスの件はご自身で手配してくださるのね。お呼びする方々は格式高い方々ばかり。ですから、些細なミスも許されなくてよ」

莉子は笑みを浮かべて凛と握手した。その薬指に輝くダイヤモンドの婚約指輪が、眩しく光を放っていた。

凛は胸の奥にこみ上げる切なさを必死に押し殺し、爪が手のひらに食い込むほど拳を握りしめた。その声は冷淡だった。「それが私の仕事ですから」

「司さんがおっしゃっていたわ。結婚式の予算に上限はないから、すべて最高のものを用意するようにって」 莉子の表情には勝利者の余裕が満ち溢れていた。「何しろ、あの方のように気品に満ちたお方は、衣食住すべてにおいて一切の妥協をなさいませんもの。結婚式も当然、この街で一番豪華なものでなくてはね」

その時、琴音がデザイン画を持ってきて、莉子に見せた。

彼女は、凛が心血を注いで描き上げたデザイン画を、まるで古紙の束でもめくるかのように、ぞんざいな手つきでめくった。

1枚のデザイン画が床に投げ捨てられた。莉子は冷ややかに嘲笑った。「これ、安っぽいわね。 これは、パッとしないわ。

これは……。ふふ、野暮ったくてお話にならないわ」

凛は、幾晩も徹夜してすべての愛情を注ぎ込んだデザイン画が、まるでゴミのように踏みにじられるのを見つめ、拳をぎゅっと握りしめた。

この女はドレスを選びに来たのではない。自分の心をズタズタに引き裂きに来たのだ。

莉子の手がふと止まった。その視線は、一番下にある1枚のデザイン画に釘付けになった。

その紙の右下には、力強く流麗なサインが書かれていた。

結城司。

それは、凛が最も大切にしているデザイン画だった。

かつて彼女がこのドレスを描いていた時、司は後ろから彼女を抱きしめ、その手を取って、ドレスの背中にバラのモチーフを数筆描き加えたのだ。 「凛はバラが一番似合う」と、彼は言っていた。

「私、これにするわ」莉子の瞳の奥に、陰湿な光がよぎった。

「それはダメです!」凛は声を低くした。「これは非売品です。私の……。友人が私のためにデザインしてくれたもので、特別な意味があるんです」

「意味?」莉子は鼻で笑った。「星野さん、私はこれだけが気に入ったの。他はどれも目に入らないわ。 もし断って、結城家の結婚式を遅らせるようなことになったら、あなた、その責任、取れるの?」

凛の指先が激しく震えた。

司の筆跡が残るその紙を見つめ、彼女は突然、すべてが滑稽に思えてきた。

(司はもう他の女性と結婚するのだ。そんな人との思い出を、いつまでも大事に抱えていることに、いったい何の意味があるというの)

「……分かりました」 彼女は唇を噛みしめた。「芳賀様のサイズを測って差し上げて」

莉子を見送るために外へ出ると、見慣れた黒いロールスロイスが静かに路肩に停まっていた。

凛はそれが司の車だと気づき、心臓が締め付けられ、わずかに視線をそらした。

司の姿を見るのが怖かったのだ。

車は走り去り、凛の最後の力さえも連れ去っていった。

深夜、司は別荘のドアを開けた。

彼を迎えたのは、温かい明かりとあの柔らかな人影ではなく、息が詰まるような、しんとした静寂だけだった。

習慣的に玄関へと向かったが、凛のスリッパがないことに気づいた。

寝室のドアを開けると、クローゼットは半分空になっており、彼女の気配はすべてきれいに消し去られていた。凛は何の痕跡も残さずに立ち去り、まるで最初から存在しなかった幻のようだった。

司の胸に、理由のわからない苛立ちがこみ上げた。彼はスマートフォンを取り出し、暗記しているあの番号に電話をかけた。

『おかけになった電話は、現在お話し中……』

着信拒否されたのだ。

彼は冷笑した。昨日、凛が言った言葉を思い出したのだ。毎晩自分の下で抱かれながら、別の男のことを考えていた、と。

(いいだろう、実に見事だ)

(凛、大した度胸じゃないか)

外からエンジン音が聞こえ、結城季依がハイヒールを響かせて入ってきた。

彼女は辺りを見回し、満足げな笑みを浮かべた。「綺麗さっぱり片付いているわね。あの泥棒猫も、身の程をわきまえていたということかしら。 司、ここをリフォームして、あなたと莉子の新居にしましょう」

司はネクタイを緩めた。その表情は恐ろしいほどに陰鬱だった。「ここはダメだ。別の家にしろ」

「まだ未練でもあるの?」 季依は厳しい口調で言った。「芳賀家は、今の結城グループにとって唯一の強力な後ろ盾なのよ。 あなたのお父様は、あの私生児を呼び戻すつもりでいるのよ。あなたがこの結婚を逃せば、グループの株は、あのろくでなしに奪われるのよ! まさか、ただのおもちゃ1人のために、自分の前途を台無しにするつもり?」

司は暗闇の中に立ち尽くし、しばらくして、自嘲気味に低く笑った。

ベッドの中で愛を交わした時の凛の甘い囁きや、デザイン画を描く彼女の真剣な横顔が脳裏をよぎり、胸の奥に再び苛立ちがこみ上げてきた。

だが、絶対的な利益の前では、そんなものは羽毛のように軽かった。

「母さん、考えすぎだよ」 司は振り返り、その声はいつもの気高さと冷徹さを取り戻していた。「凛はただの暇つぶしの女だ。最初から眼中にないよ。 結婚式は予定通り執り行う。母さんはただ出席してくれればいい」

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読み進めると物語が続きます。

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章一覧

全118章

  1. 第1章第1章 別れを告げる
  2. 第2章第2章 特別な意味
  3. 第3章第3章 彼女は彼の世界に入る資格がない

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