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一週間後、松岡家の本邸では、先代当主である啓佑の祖母、千代の米寿を祝う盛大な宴が催されていた。 優衣は、寸分の隙もなく着付けられた訪問着をまとい、啓佑の腕にそっと手を添えて、完璧な財閥夫人として客たちの祝福の言葉に微笑み返していた。 「今日の君は、一段と美しいよ」 啓佑が耳元で囁く。その声に、優衣の心はもはや何の波も立たなかった。ただ、練習したかのように完璧な角度で微笑むだけだ。 宴もたけなわの頃、千代が優衣を手招きした。 数人の親しい貴婦人たちの前で、千代は優衣の手を取り、慈愛に満ちた、しかし有無を言わせぬ圧力のこもった声で言った。 「優衣さんあなたと啓佑が一緒になってもう八年になりますねそろそろ松岡家にも、次の代の顔を見せておくれでないと」 周りの夫人たちが、待っていましたとばかりに相槌を打つ。 「本当にそうですわ」 「お世継ぎは家の礎ですもの」 言葉の一つ一つが、見えない針のように優衣に突き刺さる。 優衣は内心で冷たく笑った。啓佑に子供ができない体であることは、彼女だけが知っている事実だったからだ。 しかし、顔には羞恥と困惑が入り混じった表情を浮かべ、か細い声で答えた。 「……私どもも、努力はしているのですが」 千代はわざとらしく溜息をつき、一度きちんと病院で診てもらうようにと暗に告げた。問題は優衣にあると、誰もが疑っていなかった。 優衣は丁重に頭を下げると、化粧室へ行くという口実で、その息の詰まるような輪から逃げ出した。 向かったのは化粧室ではなく、手入れの行き届いた広大な日本庭園だった。 ひやりとした夜風が、着物で火照った肌に心地よかった。池のほとりの灯籠のそばに立ち、水面に揺れる月影を眺めていると、ふと庭の奥にある築山の陰から、ひそやかな話し声が聞こえてきた。 男の声は啓佑だった。 「いいから機嫌を直しなさい祖母は昔からああいう人なんだ」 そして、甘えたような、しかしどこか苛立ちを含んだ若い女の声が続いた。 「でも、聞いてて辛かったんですもの優衣夫人に子供を催促するなんてじゃあ、私は何なんですか?」 優衣の心臓が、大きく脈打った。 この声には、聞き覚えがあった。 彼女は息を殺し、音を立てないように植え込みの影に身を隠しながら、声のする方へ近づいた。 月明かりの下、啓佑が若い女を抱きしめているのが見えた。 オーロラの写真に写っていた、あの女だった。鈴木朋江。 「馬鹿だな君と、君のお腹の子が、僕の一番の宝物だよ」 啓佑が朋江の髪を優しく撫でながら言う。 「お腹の子」という言葉が、雷鳴のように優衣の頭の中で轟いた。 妊娠している? 朋江は啓佑の胸に顔をうずめ、勝ち誇ったように囁いた。 「じゃあ、優衣夫人はどうするんですか?いつ離婚してくれるの?」 「……もう少しだけ時間をくれないか優衣は……何も知らない純粋な女なんだあまり酷いやり方で傷つけたくない」 その言葉を聞いて、優衣は猛烈な吐き気に襲われた。 純粋?何も知らない? 世界で一番滑稽な冗談だった。 彼女は来た時よりもさらに静かに、その場を離れた。 一歩一歩が、まるで刃の上を歩いているかのように痛みを伴った。 八年間慈しんできた「妹」。 八年間愛してきた夫。 二人は共謀して、彼女の心臓に最も深く、致命的な一撃を食らわせたのだ。

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章一覧

全90章

  1. 第1章チャプター 1
  2. 第2章チャプター 2
  3. 第3章チャプター 3

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