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第3章 最高級クラブと交錯する暗流
その夜、六本木の会員制クラブ『極楽天』、最上階の特別VIPルーム。 クリスタルシャンデリアの下、帝都のトップ層に君臨する御曹司たちがグラスを傾けていた。 中央の革張りソファに、渥美修也が深く腰を下ろしている。火のついていない煙草を指先に挟み、険しい横顔を薄暗がりに沈めていた。 秘書が緊張した面持ちで歩み寄り、耳元で低く報告する。 「総帥。今朝方、奥様が詳細不明の法務関係者を動かされたようです。財産分与の準備を進めている可能性が」 煙草を持つ指が、わずかに止まった。 「ずいぶんと手回しがいいことだ」 修也の口元から冷たい嘲笑が漏れた。泉美の背後に、新しいパトロンでもついたと決めつけたのだ。 隣で、藤野奈津子が赤ワインのグラスを片手に肩へしなだれかかる。淡いピンクのオフショルダー。 「修也お兄ちゃん、泉美さんはきっと一時的な意地を張っているだけよ。あまり責めないであげて」 その様子を、部屋の隅のシングルソファから冷ややかに見ている男がいた。 長い脚を無造作に組み、左耳のマットブラックのピアスを鈍く光らせている。帝都随一の片平財閥の三男、片平蒼生だ。 細身の煙草を咥えたまま、蒼生は奈津子の芝居をあからさまに嘲笑っていた。 気づいた奈津子が、取り入るように笑顔を向ける。 「片平の三男坊様。片平グループが最近、銀座の再開発用地を狙っていると伺いましたわ。修也お兄ちゃんが、片平家のために枠を残してくださったのよ」 蒼生は片眉を上げ、気だるげに鼻で笑った。 「藤野のお嬢さん。いつから極道上がりの成金娘が、渥美グループの代表面をして人脈作りに励むようになったんだ?」 奈津子の顔から血の気が引いた。ワイングラスを持つ手が、空中で凍りつく。 庇うように、修也が冷たい視線を蒼生へ向けた。 「片平蒼生。これは渥美家の内輪の事情だ。君が口を挟むことじゃない」 蒼生は腕を組んで背もたれに寄りかかり、不敵に笑う。 「俺はただ、カラスが孔雀の羽を二、三本挿したくらいで、本物の財閥夫人気取りでいるのが見ていられないだけさ」 個室内の空気が凍りついた。誰も口を開かない。 同じ頃、地下から専用エレベーターが無音で最上階へ上がっていた。 金属の扉が開く。黒のトレンチコートに身を包んだ泉美が、薄い黒のファイル一枚だけを手に、廊下へ足を踏み出した。 骨壺を収めた木箱は、車内の特注金庫にロックしてある。手元に残したのは、これだけだ。 案内係の先導で、ペルシャ絨毯の長い廊下を進む。半開きの豪華な個室がいくつも通り過ぎていく。 最奥の特別VIPルームの前で、案内係が足を止めた。 重厚なウォールナット材の観音開きの扉が、内側から開けられる。 泉美は氷のような面持ちで、部屋の中へ足を踏み入れた。 居合わせた者たちの視線が、一斉に彼女へ注がれる。 退屈そうに構えていた蒼生の目が、泉美の顔を捉えた瞬間、大きく見開かれた。咥えていた煙草が、危うく落ちそうになる。 奈津子は怯えた小動物のような顔を作り、修也の背後へ身を縮めた。 泉美はその奈津子に一瞥もくれず、修也の正面、三歩手前で足を止めた。 修也が顔を上げる。わずかな戸惑いと苛立ちが滲んだ。 「……ここに何をしに来た」 泉美は答えず、手にした黒いファイルを振り上げた。 乾いた破裂音。ファイルは修也の前の大理石のテーブルへ正確に叩きつけられ、グラスの赤ワインが大きく波打った。 全員の視線がテーブルへ吸い寄せられる。 修也が視線を落とし、表紙の文字を捉えた瞬間、その顔色がみるみる沈んでいった。 泉美はソファの修也をまっすぐ見下ろし、部屋の隅々まで届く澄んだ声で告げた。 「渥美修也。ここにサインをして。今日で私たちの関係は、すべて清算よ」
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