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「ああ、俺だ」

「お酒の匂いがする……」

「ああ、友達と少し飲んだだけだ」

浴室からシャワーの音が聞こえてくる。 永瀬涼は眉をひそめて寝返りを打ったが、安らかに眠ることはできなかった。

彼女の隣のマットレスが沈み込んだ。

大きな手が彼女の腰にまわされ、体の曲線に沿ってゆっくりと下へ滑っていく。そこには抑えきれない欲望が滲んでいた。

「ん……今夜はだめ……」涼は目を閉じたまま、まどろみの中で彼を押しとどめた。

お腹の子を傷つけてしまうのではないかという、無意識の恐れがあった。

その大きな手は動きを止め、彼女の背中にそっと置かれた。「おやすみ」

涼はあまりにも眠く、すぐに深い眠りに落ちた。

翌朝、涼が目を覚ました時、隣に彼の温もりはもうなかった。シーツに残るかすかな皺だけが、昨夜彼がここにいたことを物語っていた。

どうして昨夜、あんなにぐっすり眠ってしまったのだろうと、彼女は少し悔やんだ。

でも、大丈夫。 今日、彼に伝えればいい。

涼は身支度を整えると、ウォークインクローゼットに入り、静真のために白いスーツを選んだ。妊娠は祝うべき喜ばしいことだと思い、赤いストライプのネクタイを合わせて、ベッドの足元に揃えて置いた。

静真はすでに朝のランニングを終え、快適なルームウェア姿でソファに座っていた。 階段を降りてくる涼の姿を見ると、彼は手にしていた書類を置き、顔を上げて言った。「朝食にしよう」

朝食を終えると、涼は深く息を吸い込み、隠しきれない喜びと期待に満ちた表情で口を開いた。 「静真、あなたに話したいことがあるの」

彼らの間に子どもができると知ったら、彼もきっと喜んでくれるに違いないと、彼女は思った。

「俺も話がある」静真の口調は落ち着いていた。

「じゃあ、あなたから先にどうぞ」涼は甘く、少し恥じらうような笑みを浮かべた。

「涼、俺たち……離婚しよう」 静真は立ち上がり、ソファの上の書類を手に取って彼女に差し出した。 「これは離婚協議書だ。 まず目を通してくれ。 何か要求があれば言ってくれ。できる限り応じる」

涼の心臓は、まるで一瞬にして鼓動を止めたかのようだった。彼女は茫然と静真を見つめた。

頭の中が真っ白になり、しばらくの間、自分の聞き間違いではないかと思った。

長い沈黙の後、ようやく声を取り戻し、唇をわずかに震わせながら、不確かな響きでその二文字を繰り返した。 「離婚?」

彼が、自分と離婚する?

どうしてこんなに突然?すべては順調だったはずなのに。

何の前触れもなく、あまりにも突然すぎた

「俺たちがあの夜結婚したのは、誰かの策略に嵌められたからだ。仕方なくだった。それに、結婚のことも世間には一切公表していない。だったら、早めに終わりにしたほうがいい」 静真は、まるで日常の些細な出来事を話すかのように、平坦な口調で言った。

涼の顔色は瞬時に青ざめ、背筋が冷たくなった。

胸を、見えない大きな手にぎゅっと掴まれたようで、息が詰まりそうだった。

違う、そんなことはない。

彼女は、彼を九年間も愛してきた。

十六歳で初めて榊家に来てから、25歳で仕事でも成功を収めるまで。

初めて恋を知ったあの日から、結婚して三年が経つ今まで——そのすべてが、彼への想いで満たされた青春だった。

彼女にとってこの結婚は、決してやむを得ないものなんかじゃなかった。苦しみさえも、甘んじて受け入れられるほどに、望んだ結婚だった。

しかし、彼にとっては、それはただのやむを得ない事情に過ぎなかった。

彼女は辛うじて唾を飲み込み、深く息を吸い込むと、彼の瞳を見つめ、必死に声を落ち着かせようとした。 「この三年間、私たちはうまくやってきたじゃない。 本当に決めたの?私と……離婚するって?」 「離婚」という言葉が、彼女の口から重苦しい痛みを伴ってこぼれ落ちた。

「もう決めた」

「じゃあ……おじい様とおばあ様には、どう説明するの?」

「俺がきちんと説明する」

「もし私が……」妊娠していたら?

彼は少し苛立っているようで、彼女の言葉を遮った。 「詩乃が帰国した」

涼の呼吸がぴたりと止まった。その言葉は鋭い刃物のように彼女の胸をまっすぐに突き刺し、そこから血が溢れ出した。

彼女は呆然としたまま離婚協議書を受け取り、機械的な声で「わかった、目を通すわ」と答えている自分に気づいた。

誰かの策略だとか、やむを得ない結婚だとか、そんなことはもはや重要ではなかった。

本当に重要なのは、最後のその一言だった。

氷川詩乃が帰国した。

続きを読みますか?

読み進めると物語が続きます。

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章一覧

全104章

  1. 第1章第1章 私たちの赤ちゃん
  2. 第2章第2章 離婚しよう
  3. 第3章第3章 妻が妹に?

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