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「坂本さん」 震える声が、銀座の夜の喧騒に吸い込まれていく。 篠原杏樹は、高級レストランの向かい側の街角に立っていた。冷たい夜風が、彼女の髪を弄ぶ。凍える指先をきつく握りしめると、心臓が肋骨を突き破らんばかりに鼓動した。 四年。 彼を探して、丸四年が経った。 今日、ようやく私立探偵から彼の居場所が知らされたのだ。 レストランの回転ドアが開き、長身の男が現れる。高級なオーダーメイドのスーツに身を包み、その全身から近寄りがたい雰囲気を放っていた。 坂本真之介。 杏樹の呼吸が止まる。四年前よりずっと成熟し、そしてずっと冷酷に見える。 彼の後ろに女性の姿がないことを確認し、胸の内に微かな希望が灯る。 真之介が、路上に停められた黒塗りの高級車に向かって歩き出す。運転手が、既に後部座席のドアを開けて待っていた。 今を逃せば、もう二度と会えないかもしれない。 衝動が、杏樹の身体を突き動かした。彼女は車道を駆け抜けた。 「坂本さん!」 真之介が足を止める。ゆっくりと横を向いた彼の目は、まるで完全な他人を見るかのように、何の感情も映していなかった。 その視線に、心臓が鷲掴みにされる。それでも杏樹は勇気を振り絞り、彼の目の前まで歩み寄った。 「私です。篠原杏樹です。四年前の夜……」 彼女が言い終わる前に、真之介の眉が僅かに寄せられ、そしてすぐに氷のような無表情に戻った。 「知らないな」 その一言で、杏樹の顔から血の気が引いていく。 「いいえ。知っているはずです。あのホテルで……」 彼女の言葉は、彼が軽く上げた手によって遮られた。その瞳には、焦燥と、そして侮蔑の色が浮かんでいた。 「またか。玉の輿でも狙っている女か?」 彼は嘲るように笑った。 その言葉が、無防備な心臓に突き刺さる。屈辱に耐えながら、杏樹はバッグから小さな物を取り出した。男性用のカフスボタンだ。 「これは、あなたのものです」 カフスボタンを目にした瞬間、真之介の指先がわずかに震えたように見えた。彼はすぐにそれを握り込み、何事もなかったかのように無表情を保つ。そのあまりに素早い動きの裏に、杏樹は一瞬、彼が何かを必死に堪えているような気配を感じたが、確信は持てなかった。 杏樹は深く息を吸い込み、全身の力を振り絞って言った。 「好きです。四年前から、ずっとあなたが好きでした」 空気が凍りつく。運転手も、通りすがりの人々も、好奇の視線を向けていた。 真之介の顔には、感動など一片も浮かばない。それどころか、残忍な笑みがその唇を歪めた。 「俺が好き?」 彼は、まるで世界で一番滑稽な冗談を聞いたかのように、その言葉を繰り返した。 そして突然一歩踏み出す。その圧倒的な威圧感に、杏樹は思わず後ずさった。 彼の手が、彼女の手首を掴む。骨が軋むほどの力に、杏樹は顔をしかめた。 「お前の好きは、こんな風に俺に付きまとうことか?」 杏樹は振りほどこうともがくが、彼の力は一層強くなるばかりだ。 「ここは人目につく。話す場所を変えるぞ」 彼の声は、低く危険な響きを帯びていた。 抵抗も虚しく、彼は杏樹を灯りのともる大通りから無理やり引き離していく。 杏樹は、引きずられるようにしてアスファルトの上でハイヒールを鳴らした。心臓は恐怖と混乱で張り裂けそうだった。 彼が彼女を連れ込んだのは、レストランの脇にある、生ゴミの臭いが漂う薄暗い裏路地だった。

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章一覧

全90章

  1. 第1章第1章
  2. 第2章第2章
  3. 第3章第3章

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