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チャプター 2 彼は本当に来た

(キャサリン視点)

「バンッ――」

重厚な彫刻の施されたブラッドムーン礼拝堂の扉が、外から蹴り開けられた。

逆光を背にした、背の高いすらりとした黒い影が、大股で敷居をまたいで入ってくる。

身にまとっているのは、体の線にぴたりと沿うよう仕立てられた黒のオーダーメイドスーツ。広い肩に、引き締まった腰。爆発的な力を秘めた体がその内側に収められていて、ひどくストイックな色気を漂わせている。

それなのに、ネクタイは無造作にゆるめられ、はだけた襟元から、冷たく白い鎖骨と、わずかに筋肉の線がのぞいていた。

クラウスだ。

本当に来たんだ!

私が電話を切ってから、まだたったの十分しか経っていないのに!

クラウスは長い脚で数歩のうちに祭壇へ上がり、射すくめるように私を見下ろした。

剣呑な光を宿した青い瞳が、わずかに細められる。値踏みするような威圧感が、一瞬で私を包み込んだ。

「どうして黙ってる? 呆けたか?」

長い指が不意に私の顎をつかみ、無理やり顔を上げさせる。その声には、ぞっとするような冷たさがにじんでいた。

「キャサリン。まさかとは思うが、俺をからかうつもりで電話してきたんじゃないだろうな? あの能無しのデリックを煽るための、ただの道具として」

顎に触れる指の腹はざらりとしていて、驚くほど熱い。

「違う!」私はすぐさま否定し、怯まずに彼の視線を受け止めた。「あの人とはもう、なんの関係もないの! デリックがどこで野垂れ死のうと、私の知ったことじゃない!」

彼をからかうなんて、そんな度胸が私にあるわけがない。

人狼の世界で知らない者などいない――シャドウの群れのアルファ、クラウスは血も涙もない冷血漢で、そのやり口は苛烈そのものだと。

彼がシャドウの群れを率いるようになってから、言い寄った雌狼は数知れない。服を脱ぎ捨てて彼のベッドで待ち構えた者までいたけれど、ひとり残らず、情け容赦なく部屋の外へ放り出されたという。

陰では大勢があざ笑い、好き勝手に噂している。クラウスは感情を持たない化け物だ、きっと月の女神に呪われているに違いない、一生孤独のまま、番を持つことなんてできやしない――と。

だから、さっき電話で本人がはっきり承諾してくれたあとも、私はずっと落ち着かなかった。ただの気まぐれでからかわれただけかもしれない、と。

まさか本当に来てくれるなんて。しかも、こんなに早く。

「ならいい」

クラウスは鼻を鳴らして私の顎を放したが、その目はなおも私の顔をとらえて離さなかった。

私は深く息を吸い、胸の内で渦巻く感情を押し込めた。

番に拒まれた痛みが、今も私の神経をさいなんでいる。

もう、ためらっている暇はない。私はとっさに手を伸ばし、クラウスの大きくて温かい手をぎゅっとつかんだ。

クラウスの体が、はっきりとこわばった。深い青の瞳の奥を、かすかな驚きがよぎる。

けれど私は振りほどく隙を与えず、そのまま彼の手を引いて祭壇の中央へ向かった。

「来てくれたんだから、さっそく始めましょう!」

私は指先を噛み切り、祭壇の誓いの石に血を垂らした。

クラウスは私の決然とした横顔を見つめ、口の端に真意の読めない笑みを浮かべると、自らも指先を切った。

二つの血の雫が、誓いの石の上で溶け合う。

古の呪文が、がらんとした礼拝堂に響き渡った。

「ヴゥン――」

銀色の月光がひと筋、ドームの天井を貫いて、まっすぐに私たちを包み込んだ。

その瞬間、体の中の、あの激痛が嘘のように消え去った。

代わりに、荒々しく強引で、それでいて抗いがたいほどの温もりを帯びた力が、固く握り合った手を伝い、奔流のように私の体へなだれ込んでくる……

うつむくと、鎖骨のあたりに、黒いシャドウウルフの紋様がじわじわと浮かび上がってくるのが見えた。

そしてクラウスの首筋にも、私のものと呼応するように、番の印が浮かび上がっていた。

儀式が、成った。

私はその印をぼんやりと見つめた。頭の中に、霞がかかったようだった。

私、結婚したんだ。

夢にまで見た番の儀式を、とうとう終えたのだ。

けれど、私の隣に立ち、魂で結ばれた番は――この三年間、自分を押し殺してまで尽くしてきたあの男じゃない。

彼の、最大の宿敵だ。

「どうした? 印なんか見つめてぼんやりして。後悔したのか?」

頭上から降ってきた男の低くかすれた声には、どこか危うい警告の響きがあった。

いつの間にか身をかがめていたクラウスの熱い吐息が、耳もとにかかる。逆らうことなど許さない、とでもいうように。

「キャサリン、今さら後悔しても遅い。 お前は何度生まれ変わろうと、このクラウスの番であり続けるしかない」

独占欲に満ちたその声に、肌を焼かれたような気がした。私は慌てて我に返り、強く首を横に振った。

「後悔なんてしてない。ただ……」

ただ、何もかもが夢みたいに思えただけ。

そう説明しようとした矢先、クラウスに遮られた。

彼は背筋を伸ばし、スーツの袖口を整えると、有無を言わせない口調で言った。

「後悔してないなら行くぞ。車に乗れ。俺と家に帰る」

「家に?」 私は呆気にとられて彼を見つめた。「どこの家? 誰の家に?」

そんな私の顔に、クラウスは呆れたように笑い出した。形のいい眉を片方つり上げ、さも当然のように言う。

「俺たちはもう番だ。帰るのは当然、俺たちの家だろう。 シャドウ邸――これからは、あそこがお前の縄張りだ」

私たちの家。

その言葉が、心のいちばん柔らかいところを、強く揺さぶった。

私は幼い頃から孤児で、頼れる人など誰もいなかった。

その後、デリックのいるブラッドムーンの群れの援助を受けて育った。その恩に報いたくて、私は必死に努力して、必死にデリックに尽くしてきた。

私のいちばんの願いは、デリックと、本当の意味で自分たちの家庭を築くことだった。

雨風をしのげる場所があって、私のために灯りをともしておいてくれる――そんな家。

だからこそ、デリックが何度カーミラのために私を置き去りにしても、何度約束を破っても、私は歯を食いしばって許してきた。

私さえ聞き分けよくしていれば、いつかきっと、彼は私に家をくれる。ずっとそう信じていた。

けれど、その見返りは、回を重ねるごとに深くなる絶望だけだった。

夢にも思わなかった。三年間、焦がれるように待ち続けても、デリックが最後まで出し惜しみしたその「家」を――今日、たった二度しか会ったことのない男が、ためらいもなく私の目の前に差し出してくれるなんて。

こらえきれずに目の奥がつんと熱くなる。私は慌ててうつむき、何度かまばたきして涙を押し戻した。

「わ、私……今すぐには、行けないの」小さな声で、そう断った。

あたりの空気が、一瞬で凍りついた。

クラウスの顔色が目に見えて険しくなる。ついさっきまで笑みをいくらか含んでいた青い瞳に、たちまち剣呑な色が満ちた。

「行けない? なんだ、まだここに残って、あの能無しのデリックが戻ってくるのを待つつもりか?」

「違うの!」私はびくりとして、慌てて手を振った。「荷物とか身分証とか、大事なものをまだ何もまとめてないの! 片づけさえ済めば、ちゃんとあなたと一緒に家に帰れるから!」

それを聞いて、クラウスの全身から立ちのぼっていた、今にも人を殺しそうな殺気が、ようやく引いていった。

彼は鼻を鳴らし、わずかに表情をやわらげた。

「ボロ服を何枚か取りに行くだけだろう。シャドウの群れに、ないものがあるとでも?」

口では面倒くさそうにしながらも、彼はごく自然に私の腰へ手を回し、外へと連れ出した。「まあいい。片づけに戻るなら、送っていく」

私は素直にうなずいた。

ほどなくして、私たちは礼拝堂の前に停めてあった、いかにも威圧的な黒のSUVに乗り込んだ。

助手席に座り、シートベルトの留め具を探していると、背の高い黒い影が不意に覆いかぶさってきた。

クラウスが、私のほうへ身を乗り出してきたのだ。

彼は長い腕を伸ばし、私の体越しに、シートベルトを引き出してくれた。

「カチリ」と、留め具のはまる澄んだ音が、閉ざされた車内にひときわはっきりと響いた。

全身がこわばって、息をすることさえ忘れた。

私は孤児院で育ち、人と打ち解けるのが苦手で、異性とはほとんど接したことがない。

そのあとデリックと三年付き合いはしたけれど、二人の間にはいつも、体が弱くて世話の必要なカーミラがいた。デリックは私と食事をする時間さえろくに作ってくれなかったのだから、こんなふうに間近で触れ合うなんて、なおさらありえなかった。

今のクラウスは、あまりにも近すぎる。

彼がまとう冷ややかな松の香りが、はっきりとわかるほどに。それが力強い雄のフェロモンと混じり合い、隙間ひとつない網のように、私をがんじがらめに捕らえていた。

アルファの圧倒的な気配に追い立てられて、心臓が早鐘を打つ。今にも胸を突き破って飛び出しそうだった。

クラウスはすぐには離れず、片手を私の座席の背もたれについて、わずかに首を傾けた。

深い青の瞳に、意地の悪いからかいの色がよぎる。

「どうしてそんなに顔が赤い?」低い声に、楽しげな笑みがにじんでいた。「心臓もずいぶん速いな。キャサリン、何を考えてる?」

見透かされて、恥ずかしさのあまり穴があったら入りたくなる。私はしどろもどろになりながら、後ろへ身を引いた。

「わ……私はただ、こんなに近いのは慣れてなくて……」

「慣れてない?」

クラウスは片眉を上げた。距離を取るどころか、さらに意地悪く顔を寄せてくる。その強引な気配に、私はほとんど丸ごと呑み込まれそうだった。

「なら、早いうちに慣れておくんだな」 低くかすれた声には、隠そうともしない熱がこもっていた。「番になったからには、この先、これ以上のことなんていくらでもあるぞ」

私は目を大きく見開いて、呆然と彼を見つめた。

これが、女を寄せつけない冷血非情な男と噂される人の言うこと!?

月の女神に呪われて一生ひとりで終わる運命だなんて、いったいこの人のどこがそう見えるっていうの?

これじゃまるで、いつでも獲物に飛びかかる気満々のケダモノじゃない!

クラウスはひと目で私の驚きを見抜いたらしい。けれど自重するどころか、喉の奥で低く笑った。

「なんだ、その顔は」

長い指が、火照った私の頬をそっとなぞる。その眼差しが、しだいに暗く、危うい色を帯びていった。

「俺が何か間違ったことを言ったか? 俺たちはもう番なんだ。キスだって、当然のことだろう?」

声はどんどん低くなり、高く通った鼻筋が、今にも私の鼻先をかすめそうだった。

そう囁きながら、彼はわずかに顔を傾け、私の唇に視線を落とす。そして迷わず、さらに身をかがめてきた。近く、もっと近く……

続きを読みますか?

読み進めると物語が続きます。

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章一覧

全55章

  1. 第1章チャプター 1 七度目の結婚式、私は彼の宿敵に嫁ぐと決めた
  2. 第2章チャプター 2 彼は本当に来た
  3. 第3章第3章 彼にキスされる

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