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チャプター 2 佐藤先生、クッキーはおいしいですか

佐藤莉乃は足が痛くて歩けず、車の運転もできない。店で待つ以外に方法はなかった。

しかし、お見合い相手と自動車整備工場で会うなんて、気まずすぎる。

莉乃は藤原大和にぎこちなく笑いかけ、取り繕った。「足が痛くて歩けないので、友達が後で迎えに来てくれるんです」

莉乃は平然を装ったが、泳ぐ視線がどうしようもない気まずさを物語っていた。

「わかった、座ってろ」大和は嘘を指摘しなかった。

莉乃は針の筵に座っている心地だった。

彼女のお見合い相手は本当に近所にいたようで、十分も経たないうちに店に入ってきた。

ぱりっとしたスーツ姿で、顔立ちも整っていた。

石田真帆が接客に出ると、相手は言った。「洗車をお願いしたい。それと、友人に会いに来たんです」

「どうぞ、中へ」

莉乃も相手の姿を認め、相手も彼女に気づいた。

「あ、どうぞ座ったままで」 黒木悠真は彼女が立ち上がろうとするのを見て、慌てて歩み寄った。「車は洗車に出しましたから、少し長居しても大丈夫ですよ」

莉乃はいつもの涼しい表情のまま、わずかに口角を上げた。

「ご本人は写真よりお綺麗ですね」 悠真は瞬きも惜しむように、彼女をじっと見つめた。

莉乃には、ひと目で圧倒されるような華やかさはない。それでも、すっきりと整った顔立ちには凛としたものがあり、内に秘めた芯の強さを感じさせた。

透けるように白い肌は、どこか儚げだ。冷ややかな佇まいと相まって、触れれば壊れそうな上等の磁器を思わせ、つい目を引かれる。

「お客様、お飲み物はいかがなさいますか?」真帆が声をかけ、見入っていた悠真を現実に引き戻した。

「コーヒーを二つ。そうだ、ここのお菓子は食べ放題ですよね?」

真帆はにこやかに答えた。「はい、おかわり自由でございます。すぐにお持ちしますね」

莉乃は慌てて呼び止め、自分の分は要らないと伝えた。さすがにそこまで厚かましくはなれない。

「大丈夫ですよ、ただで飲み食いするわけじゃない。店のサービスなんですから」 悠真は当然という顔で、真帆に振り返って指示した。「盛り付け、綺麗にしてくださいね」

「かしこまりました」 真帆は接客用の笑顔を浮かべた。

莉乃:「……」

ーーここをカフェか何かと勘違いしているのだろうか。

「ここに高級な自動車整備工場ができて、サービスが最高だと前から聞いていたんですよ。今日、ようやく体験できます」 悠真は、それとなくそう説明した。

まもなく、真帆が飲み物と菓子を載せたトレイを二人の前に置いた。

ホットのカフェラテに手作りのバタークッキーが添えられている。クッキーは金縁の白いボーンチャイナの小皿に、色も味も違うものが三枚乗っていた。

ラテには簡単な模様が描かれ、カップの下には銀色のコースター。木製のトレイに菓子と並べられた様子は、見た目にも洒落ていた。

莉乃は呆気にとられた。あまりに凝っていて、この店は毎日赤字なんじゃないかと疑うほどだ。

「これはすごい」 悠真は言った。「コーヒーは挽きたてのようですし、お菓子も高級そう。カフェなら一杯で千円以上はしますよ。ほら、どうぞ」

莉乃:「……」

「どうぞ、召し上がってください」 真帆は莉乃に微笑みかけた。「コーヒーもクッキーも、うちのオーナーの手作りなんですよ」

ーー大和の手作り? 莉乃は少し驚いた。

クッキーは縁がこんがりときつね色に焼かれ、大きさも均一で、細かく砕いたアーモンドが散らしてある。見た目は専門店のものと比べても遜色ない。

さっき低血糖で食べたサンドクッキーも、もしかして大和が焼いたのだろうか? まったく、そんな風には見えない……。

莉乃は好奇心から一口食べてみた。クッキーはちょうど良い甘さで、アーモンドの香ばしい歯触りがアクセントになっている。コクのある滑らかなラテとの相性も抜群で、このまま店が開けそうだ。

「たしかに、そこらのクッキーより美味しいですね。オーナーさん、凝り性なんですね」と悠真が褒めた。

「すべてはお客様のためですから。お二人に気に入っていただけて何よりです」

声がして莉乃が顔を上げると、いつの間にか大和が来ていた。

彼は落ち着いた真面目な表情を装っていたが、その目の奥にはかすかな笑みが浮かんでいた。

莉乃:「……」

初対面の時の冷たさはすっかり消えていたが、何がおかしいのかさっぱりわからない。

悠真が振り返り、一瞬、どこかの芸能人かと思って固まった。

彼は尋ねた。「あなたは……?」

「ここのオーナーです。何かご用でしょうか」大和が顔を向けた。

悠真は目を輝かせた。「他に何か無料のサービスはありますか? 初めて来たもので」

大和は莉乃に目をやり、まるで彼女に免じて、というように言った。

「初めてのご来店とのことですので、特別洗車をサービスします。今回すぐにご利用いただけますよ。その他の無料サービスについては、後ほど石田に説明させます」

「それはどうもすみませんね」悠真は手をこすり合わせた。

大和は表情を一変させて笑みを消し、冷ややかに言った。「当然のことです」

「どうもどうも。ここのクッキー、とても美味しいですね。少し持ち帰ってもいいですか?」

大和は一瞬呆気にとられたが、ふっと笑った。「……ええ、どうぞ」

莉乃:「……」

厚かましさもここまでくると芸術的だ。

そして大和の笑い声は、莉乃の耳にはひどく皮肉っぽく響いた。

彼女はもう平静を装っていられず、顔を真っ赤にした。恥ずかしくて穴があったら入りたい。

悠真は席に戻り、莉乃に笑いかけた。「ここのオーナーは話がわかりますね。今日来て正解でした」

「……」莉乃は返す言葉もなかった。

彼女はうんざりして窓の外を見た。空はどんよりと曇り、今にも雨が降り出しそうだ。

これ以上時間を無駄にしたくなくて、莉乃は単刀直入に切り出した。

「黒木先生、お互いのプロフィールは拝見していますし、今日は顔合わせということでしたので。申し訳ありませんが、私たち、合わないと思います」

悠真は面食らった。「まだ何も話していませんよ」

莉乃はただ繰り返した。「申し訳ありません」

大和がそばで見ている手前、悠真はそれ以上何も言えず、黙ってコーヒーとクッキーを平らげた。

去り際に、彼は大きく鼻を鳴らし、クッキーを二袋持って行った。

莉乃は心底疲れ、大和に言った。「テーブルのこれ、私が払います。4000円で足りますか?」

大和は眉を上げ、彼女の向かいに腰を下ろすと、質問には答えずに尋ねた。「佐藤先生、クッキーはおいしいですか?」

「私のことをご存じなんですか?」莉乃は一瞬戸惑い、警戒の色を浮かべた。

「ええ、知ってますよ」 大和は顔を上げ、莉乃をまっすぐ見つめた。眼差しは遠慮がないのに、口調は気だるげだ。「白川師範大学の、ミスキャンパスより綺麗な先生を知らない人なんていませんよ」

「お互い様です。私も同僚や学生から、藤原社長のことはよく伺っています」 莉乃も負けてはいない。

大和はふっと笑った。力の抜けたその笑みが、無骨な顔立ちの冷たさを和らげる。

窓の外の空は次第に暗くなり、あっという間に雨が降り出した。

莉乃は早く帰りたくて、送金アプリで4000円を送った。立ち上がろうとしたところで、またスマートフォンが鳴った。

電話の相手は叔母の松岡玲子だった。今回の悠真とのお見合いは、彼女がセッティングしたものだ。

もし出なければ、鬼のような着信履歴だけでなく、家まで押しかけての説教が待っている。

莉乃はすぐに出た。「玲子おばさん」

「莉乃、どういうこと? お見合いするって約束したんだから、もうちょっと真面目にやりなさいよ。二言三言話しただけで断るなんて」

ーー黒木先生、告げ口までしたのか。

莉乃は鼻で笑った。「玲子おばさん、黒木先生はしっかりしすぎてるの。私にはもったいないわ」

「しっかりしてるのが何で悪いの……」叔母は機関銃のようにまくし立てた。「もういいわよ。他にどんな条件があるのかはっきり言いなさい。毎回毎回、ケチばっかりつけて」

雨足が強まる中、莉乃は気乗りしない声で言った。「普通の人でいい」

「はっ……」ごくかすかな笑い声が、大和の口から漏れた。

これ以上彼に笑いものにされたくなくて電話を切ったが、誰に迎えを頼むべきか、莉乃は考えあぐねていた。

考えても考えても、助けを求められる相手が一人も思い浮かばなかった。

唯一頼れる親友は、ちょうど出張で遠くにいる。

莉乃は受付の若い女性に目を向けたが、彼女は運転ができないという。

「うちのオーナーがお送りしましょうか」 真帆は大和の目配せを受け取ると言った。「ひと通り試運転はしましたが、まだ安定性を見ないといけません。一般道を走ってみないと、完全には安心できないんです」

莉乃はしばらく黙り、大和に下心があるのか、それとも店の手厚いサービスの一環なのかを推し量った。

「それに、お客様は足を怪我されていますし」真帆はためらう莉乃を見て、言葉を付け加えた。

莉乃は少しの間、俯いて考えた。問題は車を運転して帰らなければならないことだ。そうでなければタクシーを呼べばいい。

これが終われば、大和とはもう何の接点もないだろう。支払うべきお金も払ったのだし……。

そう思うと、莉乃は顔を上げ、ようやく堂々と言った。「では、お手数ですが藤原社長、お願いします」

「どういたしまして」大和は言った。「これからも贔屓にしてください」

莉乃は笑みを浮かべたが返事はせず、ただ自分の車のキーを彼に手渡した。

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読み進めると物語が続きます。

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章一覧

全45章

  1. 第1章チャプター 1 まともじゃない自動車整備工場のオーナー
  2. 第2章チャプター 2 佐藤先生、クッキーはおいしいですか
  3. 第3章チャプター 3 藤原社長の過剰なサービス

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