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チャプター 3 眠り

施設を襲った爆発は止み、兵士達が生存安否の報告をしている。

その傍ら、とある二人が臨時テントの内部で、贅沢に椅子に腰掛けながら会話を交わしていた。

「申し訳ありません、実力差で油断していた私の完全な誤算でした」 「そう謝るな。私にとってはどうでも良い事だ」

頭を下げるのは、アンジュリーナを捕え損ねた男。対する中佐と呼ばれた男性は興味無さそうに返事をした。

「施設の軍事能力は結構削られたが、襲撃で壊された研究成果はほんの一部に過ぎない。侵入者はこの施設の表層しか漁っていないらしい。しかし……」

中佐は一旦間を置いた。果たして話す事を少し整理する為なのか。

「しかしだ、侵入者は『アンダーソン』を盗み去った。アレクソン君、これがどういう事だと考えるか?」

中佐と呼ばれる男は静かに、見様では冷酷に責めるような口調で尋ねた。アレクソンと呼ばれた男はその態度に動じず、訊かれた事に答えるべく考え、余裕を見せる如く少し経って口を開いた。

「まさか奴らが“計画”に感づいているのでしょうか? しかし、あの研究の記録は外部に漏れ出ない、極秘媒体を使っている筈……」 「その通り、直通回線で侵入された訳でもあるまい。しかし、"お前達"の中にはきっとステルス能力が使える者も居るかも知れない」 「それでも『エネリオン』の存在に変化は無いですから"私達"が気付くでしょう」 「……この話は一旦置こう。結論が出ない、本題に入ろう」

手にするコップの中の水を半分程飲んだ中佐は訝しげな表情を見せるなり、別の話題を持ち掛けた。

「ところで、お前は『アンダーソン』についてどこまで知っている?」 「……奴が最初の“成功例”だという事位でしょうか。しかし、何故元の「能力値」が低い者を実験に選んだのですか?」 「知っての通り『トランセンド・マン』は何故か複製の困難さがあり、分化し終えた細胞からでは万能幹細胞が作れない。被験者が持つ卵子や精子を直接操作する、という原始的な方法でしか増殖が出来ない。細胞分裂開始から胎児へ成長させる段階でも、何故かしら異変が起きてしまう」

中佐は一旦休み、一呼吸置いて再び話し出した。中佐の口調は抑揚が無い。

「お前の言う通り『アンダーソン』は最初の成功例であり、成功要因を調べたい。それに薬で昏睡状態にしているとはいえ、これ以上“計画”に関与した事を知られたら不味い。ポール・アレクソン、お前に命じる。今から『アンダーソン』を奪還もしくは破壊せよ。手段は問わん。向こうの位置は『アンダーソン』に埋め込んだ『チップ』から分かっている筈だ。指揮は任せた。上層部には私から報告しておこう」 「了解、泥棒達を皆殺しにして来ますよ」

中佐の長話とは反対に、短く返事したアレクソンと呼ばれる男は、何故か笑いながら振り向き、指をポキポキ鳴らして何処かへ歩き去った。

一方、中佐はハアー、とため息をつき、コップに入った残りの水を全部飲み切る。そして、額に流れていた汗を指で拭き取った。

「そうか分かったぞ!」

医療テント内に大声が拡散した。何事か、と周辺に居た他の軍医達の注目が集まる。

「ストーン先生、ちょっと静かに……」 「すまんすまん。ところで、外で待たせているリョウ達を呼んで来てくれんか? 凄いぞ」 「わ、分かりました」

チャックは表面では部下に謝っていても、自分が発見した事に驚いたままで、注意など知らぬ顔。

部下に命じた通り、三人の若者はすぐに来た。中年男性は楽しさの隠し切れていない顔で出迎える。

「チャックさん、大声出してどうしたんですか? 彼は無事なんですか?」

一番最初に部屋に入ってきたアンジュリーナが、他二人を代表して尋ねた。

「勿論手術は成功したとも。摘出成功だ。電源も切れた」

医師が指し示した、先の台の上にあった金属トレーの上には、体液が付いた手術道具、そしてマイクロチップ。

安堵の息を吐いた少女。残りの青年二人も表情を和らげた。

「だが面白い事が分かったのだ。何だと思う?」

この医師はまるで生徒に対する口調で訊き返した。三人は突然の問いに不審がり、それぞれ首を振って否定の言葉を述べた。それを確認したチャックは、待ちきれずに口を開く。

「彼は、まるで生まれたての胎児なんだ」

言葉の意味が分からず、黙って首を傾げたままの三人。

「じゃあこいつは一体妊娠何年目なんだ? こいつを生んだ母親は大変だろうなあ。ずっと優先席座れて便利だっただろうけど」

一番早く言葉を返したのはリョウ。口元が緩んでいた。

「全く、冗談の絶えない奴だな」 「でも一体どういう事なんです? 彼はこれだけ、少なくとも十数年間は胎盤の中に居たという事ですか?」

リョウの疑問を改めてハンが代わりに問う。チャックは考える間もなく質問に答えた。

「色々調べてみたのだが、彼の細胞分裂回数を示すテロメアは、少なくとも十五年分だけ細胞分裂を続けて来た事は判明している。しかし、成長している筈なのに身体的な老化が全く無いのだ。それに、彼の消化器官中に入っていた液体が、羊水と同じ物質で出来ていた。更に、液体には未知の有機物まで確認された。私が思うに、彼は体外受精によって誕生し、人工子宮か何らかの設備によって促成培養されたのだと思う」

長い説明に三人は思わず黙り、説明が終わっても暫くは黙ったままだった。唯一の少女に至っては口をぽかんと開いていた。

「うへえ、『管理軍』は何を考えてるのかサッパリだな……」 「こんな話聞いた事も無い。もしこれが極秘研究の一部だとすれば……アンジュ、これは思わぬ収穫かも知れない」 「ええっ、本当ですか?」

リョウが呟く中、ハンの嬉しそうな声に釣られ、アンジュリーナも声を上げる。ただしアジア人の方は緊張気味だったが。

「まあ今は何とも言えないが……彼のゲノムはどこまで調べていますか?」 「まだ詳しい事は分からん、ここには良い設備が無いからな。本部の奴は機材をケチりおって……帰ってから更に分析を進める事にするよ」 「分かりました」

医師は愚痴混じりに答え、今度は少女へ次なる質問を投下するハン。

「アンジュ、彼について何か変わった所は無かったか?」 「へっ?……」

少女らしい高く抜けた声が聞こえた直後、短い沈黙が流れる。再び動いたのは三秒後だった。

「……私が脱出しようとした時、彼が光ったように見えました。そしたら私、自分じゃ出せない速さで走れて……ひょっとすると彼は『トランセンド・マン』なのかもしれません」 「成程、そうか……参考になった」

ハンは感謝の念を表すと、その場で少しの間考え込みながら歩きだした。そこへ日系アメリカ人が雰囲気を壊す如き発言。

「ハン、外出ようぜ」 「そうだな、後でじっくり考える事にしよう。アンジュはどうするんだい?」 「あっ、私はまだここに居ます」 「そうか。今夜はしっかり休んでおいてくれ」

上司として少女へハンが部下に優しく声を掛けていた最中、リョウは既にテントから姿を消していた。

時計に目をやると既に深夜二時を過ぎていた。ハンはテントから出るとすぐに友人の姿を見つけ、小走りで寄る。

「あーあ、やっと寝れる。酒も飲みてえし」 「気を抜くなよリョウ。『管理軍』の力は底知れない。この場所がばれて攻め込まれるかも知れないから油断するな」 「分かってるぜ」

親指を立ててみせたリョウは笑っていたが、目つきは真剣だった。

風が吹いた。

リョウ達の正面を何かが横切ったのが確かに見えた。その存在は、目の前を通り過ぎなければ分からなかっただろう。

「ん? どうしたトレバー」

既に数メートル離れている今、顔は見えないが、黒髪と全身を覆う黒い伸縮素材の服装を視界に捉えた。大柄な身体だというのに、存在感が夜に隠されている。

トレバーと呼ばれた人物は訊かれても答えず、何処かへ走り去るだけだ。

「行ってみようぜ。あいつが考えも無く動く筈がない」 「賛成だ」

リョウ達が走って追い付く中、トレバーと呼ばれた人物がちらと後ろを見た。そして言葉を発する。

「助かる」 「良いって事よ、でもどうしたんだ?」 「後だ」

最小限の低いで返事し、突然停止。

背中のリュックから何か金属製の物体を次々と取り出した。どれも形が違っていて、一見何なのかは分からない。

だがトレバーは慣れた手つきで物体達を動かし、早回しの如く組み立てていく。何時の間にか彼が握っていたのは、銃身の長いライフル型の銃だった。

「まさか敵襲か?!」 「確信は持てん」

ハンの台詞にきちんと返事はするものの、当人は前を向いたままスコープから目を離さない。夜の僅かな明かりでも分かる、彫りの深さと無精髭が特徴的な男性だった。

トレバー=マホメット=イマーム、三十一歳。名前からでも分かる通りイスラム系の混血。リョウよりも少し大柄で、身長百九十センチメートルにまで迫る。

引き金に掛けられた指が動く――だが何故か、火薬の音も発光も、空薬莢も反動もない。更に人差し指が数回動いた。

恐らく、いや確実に“普通の人間”からは何もしていないように見えるだろう。しかし、この場に居合わせたリョウとハンからは、銃口から細長い針状の“銃弾”が発射されたのを“感じ”取っていた。

“銃弾”は斜め上へ飛び、三秒後、

ピカッ――遠くの上空で数回何かが光った。オレンジの発光に照らされ爆発塵が見える。

「ナイス!」 「早く知らせるぞ!」

遅れて微かな轟音が耳に入る。リョウが親指を上げ、ハンが敵襲である事を知らせに行った。トレバーは依然としてその場に立ったまま。

「敵は約二十キロメートル先だ。すぐに砲戦は無駄だと悟られて来る」

振り向かず二人にそう言い残すと、引き金を更に何度も引く。その度に空中で爆発が起こった。

「チャックさん、彼はあとどれ位で目を覚ますんでしょうか」

そう訊いたアンジュリーナの顔は未だに申し訳なさそうな表情だった。訊かれたチャックはそんな事は気にせず、落ち着かせようとマイペースに話す。

「分からん。死ぬ事はないだろうが、昏睡状態が覚めるのは分からんよ。一日後かもしれんし、一年後かもしれん……そう暗い顔になるな」 「はい。でも……」 「それ以上言うな。物事は明るく考えろ」

すると、遮るように遮蔽布の奥から呼ぶ声がする。

「先生、こちらを手伝ってくれませんか?」 「今行く。アンジュ、少し待っとれよ」

答えたチャックはそう言い残し、遮蔽布の向こう側へ去った。

アンジュリーナが椅子に座る正面には、彼女が助けた少年が横たわっている。その顔は表情すらなく、冷酷さが感じられた。

「戦争には勝ちたい……でも誰も傷つけたくない……だから貴方を助けたの……」

少年に呼びかけるように呟くが、当然彼は全く動じない。それでも喋るのを止めなかった。

「もう人が死ぬのは嫌……敵も、味方も、皆打ち解け合えれば良いのに……」

それが不可能な事は彼女自身が分かっている事だ。それでも少女はただ訴え続ける。少年はまるで話を無視するかの如く、冷たく眠り続けている。

ドゴン!――遠くからの爆発音が確かに聞こえた。

ビーッ!

こちらは敵襲を伝える警報音だ。

続いてバタバタと多数の足音、ガチャガチャと武器を準備する音、呼び掛けを行う大声…… (きっと彼を狙って来たんだわ! 待ってて!)  使命感に突き動かされ、少女は医療テントから勢い良く飛び出した。周囲では兵士達が隊列を組んでおり、混雑しているベースキャンプの中を進んでいく。

現在読めるのはここまでです。

読み進めると物語が続きます。

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章一覧

全11章

  1. 第1章チャプター 1 0-0:逃亡
  2. 第2章チャプター 2 救助
  3. 第3章チャプター 3 眠り

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