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第2章 母親失格の烙印

昨日の衝撃を引きずったまま、千雪は幼稚園の親子イベントに参加していた。航の手を引こうとしても、息子はその手を冷たく振り払う。まるで汚らわしいものにでも触れたかのように。

会場は他の家族の楽しそうな笑い声で満ちていた。その幸せそうな光景が、千雪の胸を鋭くえぐる。自分たちも、つい先日まではあの輪の中にいたはずだったのに。

最初のプログラムは「親子でお絵かき」。テーマは「大好きなお母さん」だった。

他の子供たちが母親の似顔絵を夢中で描く中、千雪は航の隣に腰を下ろし、優しく声をかけた。

「航、一緒に描こうか?」

航は画用紙を前に、クレヨンを握りしめたまま動かない。やがて小さな顔を上げ、千雪をまっすぐに見据えた。

「ママなんて描きたくない」

その言葉は、静まりかけた会場で思いのほか大きく響いた。周囲の保護者たちが、何事かとこちらに視線を向ける。肌が粟立つような好奇と非難の視線。

千雪は周囲に聞こえないよう声を潜め、情けなく震える唇で尋ねた。

「どうしてそんなこと言うの?」

航は唇を尖らせ、はっきりと言い放った。

「だってママはいつもパパを困らせてる。芽依先生が言ってたもん。ママは悪い人だって」

芽依の名前。またあの女か。

全身の血が逆流するような感覚に襲われた。あの女は、この幼い息子に一体何を吹き込んだのか。激しい怒りで視界が赤く染まる。

だが、千雪はその怒りを喉の奥へ無理やり押し込め、航に嘘をついた。

「そんなことないわ。ママはパパのことが大好きよ」

自分の言葉が、ひどく空虚に響いた。

そこへ、仕事の合間を縫って光颯が駆けつけてきた。

「すまない、遅くなった!」

彼は完璧な父親の顔で現れる。額の汗を拭いながら息子の元へ駆け寄る姿は、誰の目にも理想的な父親に映っただろう。

光颯は航の言葉を聞いていたのか、軽くたしなめるように言った。

「航、ママにそんなこと言っちゃだめだろう」

だが、その声には本気の怒りなど毛頭こもっていない。ただのポーズだ。

彼は千雪の肩を抱き寄せ、周囲の保護者たちに見せつけるように笑ってみせた。

「うちの妻は少し考え込む癖があってね。この子が心配しすぎたようだ」

その偽善的な態度に吐き気すら覚えるが、人前で取り乱すわけにはいかない。千雪はただ、力なく微笑むしかなかった。

次のプログラムは親子二人三脚だった。千雪が航の隣に並ぼうとすると、航はわざと光颯の足元へと身を寄せた。

「パパと走る!」

その声は、千雪に対する明確な拒絶だった。

千雪は一人、取り残される形になる。他の親子が楽しそうに足へ紐を結び合っている中で、彼女の居場所はどこにもなかった。

光颯は困ったように肩をすくめ、あっさりと航とペアを組んだ。

「仕方ないな。千雪、すまないが応援していてくれ」

妻が一人きりになることなど、微塵も気にかけていない。

スタートの合図と共に、光颯と航が走り出す。航は一度も千雪の方を振り返らなかった。

千雪は観客席の隅で、ただ立ち尽くす。こぼれそうになる涙を、奥歯を強く噛み締めてこらえた。母親として自分は失格なのだという烙印を、大勢の前で焼きつけられた気分だった。

イベントが終わり、帰宅する車内には鉛のように重い沈黙が流れていた。誰も口を開かない。

家に着くと、千雪はまっすぐ自分の部屋に向かった。背後から光颯が声をかけてくる。

「千雪、航のことは俺からよく言っておくから」

千雪は振り返りもせず答えた。

「結構です」

その声は自分でも驚くほど冷たく、光颯は一瞬言葉に詰まっていた。

部屋に入り、内側から鍵をかける。千雪はベッドへ崩れ落ちるように倒れ込み、声を殺して泣いた。夫に裏切られ、息子からも拒絶された。この広い家の中で、自分は完全に一人きりだった。

涙が枯れ果てた頃、彼女はゆっくりと顔を上げた。鏡に映った顔は、ひどくやつれている。

しかし、その瞳の奥には、悲しみとは違う硬質な光が宿り始めていた。

千雪は再びノートパソコンを開く。画面の隅で、局長からのメッセージが点滅していた。

「最終確認だ。実行日は?」

千雪はディスプレイを見つめ、カレンダーを開いた。今日からちょうど一ヶ月後の日付を、指先でそっとなぞる。

それは航の誕生日だった。この家で祝う、最後の誕生日。

彼女は迷わず返信を打ち込んだ。

「一ヶ月後。息子の誕生日の翌日です」

送信ボタンを押した瞬間、千雪の覚悟は完全に固まった。もう迷わない。この地獄から、必ず抜け出してみせる。

立ち上がってバスルームへ向かい、冷たい水で顔を洗う。鏡の中の自分をまっすぐに見据えた。そこに映っていたのは、もう泣き寝入りするだけの弱い女ではなかった。

続きを読みますか?

読み進めると物語が続きます。

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章一覧

全63章

  1. 第1章第1章 ひび割れた完璧な朝
  2. 第2章第2章 母親失格の烙印
  3. 第3章第3章 墓前に誓う偽りの愛

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