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都内最高級病院の特別室。 狩野成一郎は、ベッドの上で上半身を起こしていた。額にはガーゼが当てられているが、その瞳は驚くほど冷静だ。 秘書の加藤楓が、タブレットで事故の報告書を読み上げている。 「…以上です。トラック運転手は飲酒運転。計画通り、我々の車両の損傷は軽微。成一郎様のお怪我も幸い、軽い脳震盪と切り傷のみです」 「そうか」 成一郎は窓の外の夜景に目をやり、無感情に呟いた。 加藤は声を潜める。 「しかし、あの女性…小田切桜歌音の出現は想定外でした」 その言葉に、成一郎の口元に初めて微かな笑みが浮かんだ。 「いや。あれこそが最大の収穫だ」 「と申しますと…?」加藤が驚いて顔を上げる。 成一郎は加藤に視線を戻した。 「あの事故は、私にまとわりつくハイエナ共…特に龍彦兄さんや雅人兄さんを牽制するための芝居だ」 彼は続ける。 「私が『死にかけた』となれば、軽々しく手出しはできなくなる。そして…」 成一郎は、桜歌音が自分の血を拭うために使った、もはや赤く染まってしまった布切れを、指先でいじっていた。 「彼女に『命の恩人』という貸しを作る絶好の機会でもあった」 「まさか…。最初から小田切桜歌音と接触することも目的で…?」加藤は息を飲む。 成一郎は肯定も否定もせず、ただ目を細めた。 「翔太の婚約者でありながら、あの目…。面白いじゃないか」 彼の脳裏には、泥と雨に濡れながらも、自分を救おうとした桜歌音の強い眼差しが焼き付いていた。 「彼女の身辺調査は?」 「済んでいる。高林家の内情も、翔太の愚行も、すべてな」 成一郎の言葉は、すべてを掌握している絶対者の響きを持つ。 「彼女が助けを求めてくるまで、こちらからは動くな。だが、常に監視しろ」 その頃、桜歌音は自宅のマンションで、一睡もできずに朝を迎えていた。 昨夜の出来事が、悪夢のように頭を巡る。 スマートフォンの画面には、父・高林健吾からの不在着信が何十件も並んでいた。 『式場に来ないとはどういうことだ!』という怒りのメッセージ。 彼女はすべて無視し、冷たいシャワーを浴びて、無理やり心を落ち着けた。 鏡に映る自分は憔悴している。だが、瞳の奥の決意は揺らいでいない。 その時、非通知設定の電話が鳴った。 警戒しながらも電話に出ると、機械で変えられたような声が聞こえた。 『小田切桜歌音さん。結婚、おめでとうございます。最高の舞台をご用意しました』 「誰です!?」桜歌音は問い詰めるが、相手は答えない。 『あなたの手の中にあるものが、真実を暴く鍵です。ためらうことはありません』 電話は一方的に切れた。 背筋がぞくりと凍るのを感じる。自分の計画が見透かされている? いや、これは後押しだ。誰かが自分に味方している。 桜歌音は、録音データが入ったスマートフォンを強く握りしめた。迷いは完全に消えた。 彼女はクローゼットから純白のウェディングドレスを取り出し、静かに袖を通す。 これはもはや花嫁衣裳ではない。戦いのための鎧だ。 化粧台に向かい、涙の跡を隠すように、しかし力強い意志を込めて、桜歌音は紅を引いた。

現在読めるのはここまでです。

読み進めると物語が続きます。

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章一覧

全110章

  1. 第1章チャプター 1
  2. 第2章チャプター 2
  3. 第3章チャプター 3

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