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第3章

桜田莉穂 POV:

あの電話の後, 私はぼんやりとスマホを眺めていた.

普段なら, SNSなんて見ない私が, なぜかその日は, 結乃のページを開いていた.

吸い寄せられるように.

そこに, あの日の彼の嘘が, 白日の下に晒されていた.

結乃の最新投稿は, 高級スパの個室でくつろぐ, 彼女と海斗のツーショット写真だった.

二人は, 湯気の立つプールサイドで寄り添い, グラスを傾けている.

海斗は, 私には見せたことのないような, 甘く, だらしない笑みを浮かべていた.

結乃の頭を撫でる彼の指先.

私には絶対に触れることのない, 親密すぎる距離.

「海斗さんが心配して, 駆けつけてくれたの! 最高のサプライズありがとう♡」

そんなキャプションが添えられていた.

コメント欄には, 羨望の声が溢れている.

「素敵なカップル! 」「海斗さん, 優しい! 」「結乃ちゃん, 愛されてるね! 」

私の心臓は, まるで氷水に浸されたかのように冷え切っていた.

思い出す.

彼と私が, こんな風に旅行に行ったことなんて, 一度もなかった.

彼の仕事が忙しいから.

私が, 和菓子の修行に時間を割きたいから.

そう言って, いつも私を納得させてきた.

「莉穂は, そういう派手な場所は好きじゃないだろ」

彼はそう言っていた.

私は, 彼の言葉を信じていた.

信じたかった.

でも, 結乃とは違う.

彼女とは, 頻繁に旅行に行っている.

沖縄のビーチ.

北海道の雪景色.

ヨーロッパの古城.

SNSは, 彼らの「愛の歴史」で溢れていた.

私が知らない彼の顔.

私が埋められなかった溝.

私の指は, 無意識のうちに画面をスクロールしていた.

一ヶ月前.

新しいIT企業のロゴを模した, 新作スイーツの発表.

結乃の投稿には, そのスイーツのアップ写真が載っていた.

「海斗さんが私のために考えてくれたオリジナルスイーツ! 彼って本当に天才♡」

その言葉を見て, 私の呼吸が止まった.

そのロゴ.

その和菓子のデザイン.

それは, 私が海斗の創業記念に, 夜なべをして考案した創作和菓子だった.

彼の会社が, まだ小さなスタートアップだった頃.

二人で寝食を共にし, 未来を語り合った, あの甘酸っぱい日々を形にしたものだった.

彼の好きな抹茶と, 私の得意な桜の組み合わせ.

彼の会社を象徴する, シンプルな円と直線のロゴ.

私が, 彼の成功を願って, 魂を込めて作った和菓子だった.

「古臭い」と一蹴された, 私の和菓子.

彼の口から出たその言葉が, 私の心に深く突き刺さっていた.

私の技術も愛情も, 彼にとってはただの「古臭いもの」だったのだ.

それが今, 結乃の「彼が考えてくれた」スイーツとして, 大々的に発表されている.

私の魂が, 冒涜された.

蹂躙された.

吐き気がした.

体中の血が, 逆流するような感覚.

私は, 床にへたり込んだ.

私の10年間は, 何だったのだろう.

彼の言葉を信じ, 彼の夢を支え, 私の夢を犠牲にしてきた日々は.

ただの, 無駄だったのだろうか.

彼の「古臭い」という言葉の裏には, 私への軽蔑があったのだ.

私の和菓子も, 私自身も, 彼にとってはどうでもいいものだった.

結乃は, その「どうでもいいもの」を, まるで自分の手柄のように, 堂々と晒していた.

彼らは, 私を嘲笑っている.

私という存在を, 消し去ろうとしている.

私は立ち上がった.

ふらつく足取りで, 彼の書斎へと向かう.

彼の机の引き出しを開けた.

そこには, 私がプレゼントした, 彼のお気に入りの万年筆が入っていた.

その下.

隠すように置かれた, 小さな写真立て.

私と海斗のツーショット, ではない.

結乃と海斗が, 腕を組み, 満面の笑みで写っていた.

日付は, 3年前.

私が, 彼のために, あの創作和菓子を考案した, あの日の数ヶ月前だった.

彼らは, ずっと前から, 私を騙していたのだ.

私の世界が, 音を立てて崩れ落ちた.

絶望が, 私の全身を支配した.