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第3章 俺の婚約者は藤原結菜だけだ

「お姉ちゃんごめんなさい、私がコップをちゃんと持ってなかったから」

藤原彩花は罰せられるのを恐れるように、おずおずと口を開いた。

数々の苦労を重ねてきた藤原結菜が、こんなあざとい手口に気づかないはずがない。

「大丈夫よ」

結菜は平然とした顔でテーブルに歩み寄ると、ピッチャーを手に取り、彩花の頭から水をぶちまけて淡々と言った。「彩花、気にしないで。私もあなたの頭に水をかければ済む話だから」

「きゃあっ!」

彩花は悲鳴を上げた。

頭からつま先までずぶ濡れになった彼女は、一部しか濡れていない結菜よりも、ずっと惨めな姿だった。

彩花はすぐに泣きじゃくりながら藤原美智子の胸に飛び込んだ。「お母さん、私は本心からお姉ちゃんの帰りを歓迎してるのに……どうしてお姉ちゃんは私にこんなことするの?」

美智子は二人の娘の間に挟まれ、どうしていいか分からず戸惑った。

だが、ここ数年一緒に暮らしてきた彩花をつい庇ってしまった。

「結菜、妹を許してあげなさい。彩花は手が滑っただけだし、悪気はなかったのよ」

藤原義信も傍らから口を挟んだ。「そうだぞ、妹はわざとやったわけじゃないんだ」

結菜の胸がズキリと痛んだ。

記憶を失っていた5年間、彼女はろくでもない男に青春を捧げ、両親はその愛情を身代わりの養女に注いでいた。

彼女の心は一瞬にして張り裂けそうになった。

帰ってきたばかりで両親と衝突したくなかった彼女は、ただ冷ややかに告げた。「疲れたから、休ませてもらうわ」

彩花の瞳の奥に優越感がよぎったが、口先ではしおらしく言った。「お姉ちゃん、私に何か不満でもあるの? だからお父さんやお母さんにまで八つ当たりするの? 私が悪いの。お姉ちゃんの居場所を奪うべきじゃなかった」

美智子はその言葉を聞いて心を痛め、慌てて言った。「彩花、あなたが自分を責めることなんてないのよ? お姉ちゃんは記憶を失って、外で何年も一人きりで苦労してきたから、心が繊細になってるの。これからゆっくり時間をかけて打ち解ければ、きっとあなたを好きになってくれるわ」

その言葉を聞いた彩花は、すぐにおとなしく頷いた。「お母さん、お姉ちゃんに好きになってもらえるように頑張るね」

美智子は優しく彩花の頭を撫でた。

結菜は無言のまま、藤原家の客室に入った。

痛みすらも麻痺してしまったかのようだった。

彼女はスマホを手に取り、親友の桐谷佳奈に電話をかけた。

「佳奈、この前言ってた一緒にギャラリーを開くって話、まだ生きてる?」

佳奈はすぐに喜びの声を上げた。「結菜、やっとその気になってくれたのね!」

「東都オークションの入場券が手に入ったの。ギャラリーに置く美術品がないか、一緒に見に行きましょうよ」

結菜は静かに答えた。

「ええ」

翌日。

結菜は東都オークションへ向かい、佳奈と合流しようと家を出る準備をしていた。

そこへ彩花が声をかけてきた。「お姉ちゃん」

結菜は淡々と彼女に視線を向けた。「何か用?」

彩花は甘ったるい笑みを浮かべた。「お姉ちゃん、今すごく疎外感を感じてるでしょ? 教えてあげる。今、お父さんとお母さんの心の中で、藤原家のお嬢様は私なのよ。 何年も行方不明だったお姉ちゃんと違って、二人はとっくに私を本当の娘だと思ってる。私に勝てるなんて思わないでね」

両親は朝早くから会社へ仕事に行っていた。二人が家にいないと、彩花はひときわ図に乗るのだった。

結菜が何か言い返そうとしたその時、外から冷たい男の声が響いてきた。「彼女がお前と比べる必要があると、誰が言った?」

結菜が振り向くと、そこには息を呑むほどに美しい顔があった――

黒のスーツに身を包み、金縁眼鏡をかけたその男は、冷酷で圧倒的なオーラを放っていた。

彼は彼女の婚約者であり、幼い頃からの犬猿の仲である鷹野晴斗ではないか?

そんな彼が、まさか自分を庇うなんて?

晴斗の姿を見た彩花は興奮を隠しきれなかった。「晴斗さん、どうしてここに?」

彼女は駆け寄って晴斗の腕に抱きつき、ひどく勝ち誇った様子で結菜に言った。「お姉ちゃん、まだ知らないんでしょ? お姉ちゃんが行方不明になった後、お父さんとお母さんは、お姉ちゃんと晴斗さんの婚約を私に譲るって決めたの。 だから、今の晴斗さんの婚約者は私なのよ」

結菜は顔にこそ感情を出さなかったが、心臓が鈍く痛んだ。

かつて彼女が持っていたものはすべて、彩花に奪われてしまったのだろうか?

だが予想外なことに、晴斗は彩花の手を振り払い、しゃがれた気怠げな声に冷気を滲ませて言った。「藤原彩花、俺がいつ婚約者を替えることに同意した? 俺の婚約者は藤原結菜だけだ」

現在読めるのはここまでです。

読み進めると物語が続きます。

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章一覧

全100章

  1. 第1章第1章 高橋和也、私たち離婚しましょう
  2. 第2章第2章 帰郷
  3. 第3章第3章 俺の婚約者は藤原結菜だけだ

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