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第3章
新田 彰人 視点:
彼女の目が開いているのを見た瞬間、パニックに襲われた。 その目は俺を捉えていたが、そこにはいつも俺の支えだった温かさも愛もなかった。空っぽだった。
「希」 俺は囁いた。声がひび割れる。 「ベイビー、目が覚めたんだな。死ぬほど心配したんだぞ」
俺は手を伸ばし、親指で優しく彼女の頬を撫で、見えなかった涙を拭った。 彼女の肌は冷たかった。
罪悪感と恐怖の波が押し寄せる。 俺は何てことをしてしまったんだ? どうしてこんなに馬鹿で、無謀だったんだ? ただの軽い鎮静剤だった。彼女を眠らせて、カフェでの騒ぎの後で落ち着かせるための。 佳奈があまりにもしつこく、取り乱していたから。 彼女は泣き、忠誠を証明しなければ俺たちのことを暴露すると脅した。 一瞬の弱さで、彼女を黙らせたい一心で、俺は同意してしまった。
「本当にすまなかった、希」 俺は声を詰まらせ、彼女のベッドの横に膝をついた。 ぱりっとした白いシーツに顔を埋め、体は作り物の嗚咽で震えた。 「仕事で急なトラブルがあって、行かなきゃならなかったんだ。アトリエのドアを鍵かけたのは、何も考えずに…来客があるときに、君の作品を守るためのただの癖なんだ。家に帰ったら、君が倒れてて…本当に、本当にすまなかった」
嘘は口の中で灰のような味がしたが、必要な嘘だった。 彼女を失うわけにはいかない。 今も、これからも。 彼女は完璧な妻で、俺の子供にとって完璧な母親だ。 俺が築き上げた完璧な人生の礎なのだ。
俺は彼女を見上げた。懇願するような目で。 彼女の視線は不気味なほど揺るぎなかった。 沈黙が、言葉にならない非難で満ちていく。 彼女は俺を信じるはずだ。 彼女は俺を愛している。 いつも俺を許してくれた。
それから数日間、俺は彼女のそばを離れなかった。 スープをスプーンで飲ませ、彼女の好きな詩を読み、俺たちの最も幸せだった瞬間の話を語り聞かせた。 俺は完璧で、悔い改めた夫だった。 そしてゆっくりと、彼女の目の氷が溶け始めるのが見えた。 少なくとも、そう思っていた。
そんな時、ロンドンのオフィスから電話があった。 俺がすぐに行かなければならない危機的状況だという。
「行かなきゃならないんだ、ベイビー」 俺は彼女の額にキスをした。 「ほんの数時間だ。すぐに戻ってくるから」
彼女はただ頷いた。目は閉じたまま。
俺は病院を出て、まっすぐ佳奈に会いに行った。 彼女は個人のクリニックで待っていた。顔は青白い。
「妊娠したの、アキトさん」 彼女は囁いた。目は大きく見開かれている。
世界が止まった。 もう一人の子供。 息子かもしれない。 俺の息子。 勝ち誇ったようなプライドが体を駆け巡った。 俺、新田彰人は、二つの新しい命を創造し、俺の血筋を二重に確保するほど、力強く、精力的だったのだ。
俺は片膝をつき、無意識に彼女の平らな腹に手をやった。 「赤んちゃん」 俺は息を呑んだ。自分でも驚くほど純粋な驚きに満ちた声で。 「俺たちの赤ちゃん」 俺はすべてを手に入れる。 完璧な妻と、刺激的な愛人。 正当な後継者と、秘密の愛の結晶。 完璧だった。
俺は勝ち誇った空想に浸りすぎて、廊下の影に気づかなかった。 そこに希が立っていることに気づかなかった。 青白く、感情のない仮面のような顔で、俺の演技のすべてを見ていることに。
天堂 希 視点:
彼が彼女の前にひざまずき、純粋で混じりけのない喜びに満ちた表情を浮かべるのを見ていた。 それは、私が妊娠を告げた時と同じ表情だった。 同じ優しい畏敬の念、同じ独占的なプライド。 それはユニークなものでも、特別なものでもなかった。 彼が演じる脚本であり、彼はただ新しい主演女優を見つけただけだった。
すでに修復不可能なほど粉々に砕け散ったと思っていた私の心は、どういうわけか、さらに砕ける方法を見つけた。
携帯が震えた。 佳奈からのメッセージ。
それは、新築の建物の写真だった。 ガラスと鋼鉄でできた、洗練されたモダンな建物。 私のデザイン。 私が何か月もかけて取り組んできた、アキトへのサプライズのつもりだったプライベートアートギャラリー。
その下のテキストにはこう書かれていた。 「彼が私のために建ててくれたの。私のアートを飾る場所。そしてもうすぐ、私たちの息子が遊ぶ場所になるわ。彼はここを『カオリ・センター』って呼んでる」
感覚が麻痺していく。 私はタクシーを拾い、モノトーンの声で住所を告げた。
私が到着したとき、パーティーは最高潮に達していた。 アキトの友人たち、私たちの友人たちが、皆そこにいた。 彼らは佳奈を囲み、笑い、祝い、彼女のお腹に触れていた。 皆知っていたのだ。 私たちの人生に関わるすべての人、私が信頼していたすべての人が、この嘘に加担していた。 私だけが馬鹿だった。
「気性の激しい子だな」 アキトのパートナーの一人が、彼の背中を叩きながら言った。 「男の子に違いない。息子が二人になるな、アキト!昼用と、夜用と!」
群衆は笑いに包まれた。
アキトは微笑み、佳奈の肩を庇うように抱いた。 「どうかな」 彼は得意げな声で言った。 「昼間は妻を幸せにしてやらなきゃならんが、俺の夜は…」 彼は佳奈にウィンクした。 「俺の夜は、俺の女王様のものだからな」
彼らは自分たちのことについて話した。 夜のこと。 彼が彼女にしたこと。 彼女が出した声。 彼らの不倫の親密な詳細が、私たちの親しい友人たちのためのパーティーの雑談として提供されていた。
私の手は、群衆の上に吊るされた大きな、華麗なシャンデリアに向かった。 私がイタリアから取り寄せた特注品。 私はその欠陥を知っていた。 それを吊るす鎖の、正確な構造的弱点を知っていた。
自分でも知らないほどの力で、私はベルベットのカーテンの後ろに隠されたメンテナンス用のウインチを見つけた。 それを鋭く、決定的に引いた。
金属がきしむ音がし、そして不快な破裂音がした。 巨大なクリスタルのシャンデリアが揺れ、そして落下した。
それは、まっすぐ私に向かっていた。
その一瞬、アキトの頭が跳ね上がるのが見えた。 混雑した部屋の向こうで、私たちの目が合った。 彼の顔にパニックが広がる。 彼は私に向かって走り出した。喉の奥から叫び声が迸る。 「希!」
しかしその時、佳奈が叫んだ。 甲高く、突き刺すような恐怖の音。
アキトの体がよろめいた。 彼は止まった。 彼は振り返った。
彼は彼女を選んだ。
世界がクリスタルと光のシャワーの中で爆発した。 白熱した、絶対的な痛みが私を飲み込む。 暗闇が私を連れ去る前に見た最後のものは、自分の体で佳奈を庇い、私の世界が崩れ落ちる中、私に背を向けたアキトの姿だった。
私は持ち上げられていた。周りの声はくぐもった轟音のようだった。 担架に乗せられている。 アキトは失神した佳奈を抱き、優しく揺らしていた。
「彼女は大丈夫か?」 彼は救急隊員に尋ねていた。その声は必死だった。 「彼女を先に診てくれ!妊娠してるんだ!」
彼らは私を彼のそばから運び去ろうとした。
「待て」 彼は担架の前に立ちはだかり、命じた。 その顔は雷鳴のような仮面だった。
「新田さん、奥様は重傷です」 救急隊員の一人が、彼を押し通ろうとしながら言った。 「行かなければ」
「ダメだ」 アキトの声は鋼鉄のようだった。 彼は手を伸ばし、私を担架から引きずり下ろした。 私の体は冷たい大理石の床に衝撃と共に叩きつけられた。 頭が地面に打ち付けられ、部屋が激しく回転する。
「彼女は待てる」 彼は唸り、意識のない佳奈を腕に抱き上げた。 「佳奈を先に手当てしろ。俺の息子が、この子のお腹にはいるんだ」
彼は私の担架を押しやり、自分の血の海に横たわる私の壊れた体を通り過ぎ、彼女を抱いて夜の闇へと消えていった。
私はそこに横たわっていた。口の中は血の味がし、友人たちの笑い声がまだ耳に残響していた。 私が愛した男、私が結婚した男、私の子供の父親は、私の人生を破壊した女のために、私が設計した建物の床で私を死なせようとしていた。
その瞬間、私は悟った。 私が愛したアキトは、本当にいなくなってしまった。 そして彼の代わりに、怪物が立っていた。
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