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「何のつもりだ? ゴミを置いていくな」

光紀は吐き捨てるように言ったが、警戒したように絨毯の上に落ちた茶封筒から距離を取った。

由子は良妻の仮面を被り、優雅に腰を落として封筒に手を伸ばした。

「光紀さん、私が片付けますから……」

凛紗は玄関の扉に手をかけたまま、氷のような眼差しを向けた。

「よく見ておきなさい。それが、私が手ぶらで出て行く理由よ」

由子は封筒から一枚の書類を引き出した。上部に印刷された金文字のロゴと太字の英文が目に入った瞬間、由子の呼吸が喉で止まった。

「……っ?!」

短い悲鳴とともに由子の手が激しく震え、書類が指から滑り落ちた。顔面からは急速に血の気が引き、土気色へと変わっていく。

「おい、どうした由子!」

光紀はいぶかしげに由子を押し退け、床から書類を乱暴にひったくった。

黒い活字で刻まれた文面が、光紀の網膜を焼き尽くすように飛び込んできた。

それは浅沼グループの極秘株式保有証明書だった。主要株主欄には、紛れもなく「藤川凛紗」の名が記されている。

「あ、浅沼グループの株式……4パーセント……?!」

光紀の声が裏返った。手にしていた紙が激しく波打ち、指先が痙攣したように震える。

「よ、4パーセントですって……?! そんなの、あり得ないわ!」

由子が甲高い声を上げた。浅沼家を支える巨大複合企業の株式4パーセントといえば、株主総会で無視できない影響力を持つ決定的な数字だ。

凛紗は二人の狼狽ぶりを、冷ややかな瞳で見下ろした。

「現在の時価総額で換算すると約五十億円。自分で計算できるわよね、元夫さん?」

「偽造だ! お前みたいな田舎女が、こんな株を持てるわけがない! どこで手に入れた!」

光紀は逆上し、書類を握りつぶして凛紗に投げつけようとした。しかし、凛紗の鋭い視線に射抜かれ、その腕は空中で止まった。

「弁護士を通して確認すればいいわ。原本はスイスのプライベートバンクにあるから」

凛紗の淡々とした宣告が、光紀の虚勢を粉々に打ち砕いた。

由子は嫉妬で歪んだ顔を光紀に向け、叫んだ。

「光紀さん、騙されないで! この女、最初から浅沼家を乗っ取るつもりで嫁いできたんだわ! なんて恐ろしい女なの……!」

「乗っ取る?」

凛紗は嘲笑を漏らした。

「こんな泥舟、私から沈めてやるわ。せいぜい浸水していく船の中で、仲良く溺れなさい」

光紀の額から冷や汗が噴き出した。この4パーセントの株式が他社や敵対勢力に渡れば、浅沼グループの経営権は根底から揺らぐ。彼は思わず凛紗に縋り付こうと、一歩踏み出した。

「待て、凛紗! 話を聞け!」

凛紗は片手をわずかに上げ、冷然と言い放った。

「近づかないで。これ以上私に関わると、本当にすべてを失うわよ」

その声に含まれた絶対的な威圧感に、光紀の足は床に縫い付けられたように動かなくなった。

凛紗は振り返ることなく、重厚な玄関扉を押し開けた。

午後の眩しい陽光が、凛紗の端正な横顔を照らし出す。彼女は背筋をまっすぐに伸ばし、浅沼本邸の階段を一段ずつ降りていった。

背後で扉が重く閉ざされ、浅沼家の淀んだ空気は完全に遮断された。

本邸の門を出ると、待機していた漆黒の高級サルーンが静かに滑り込んできた。黒のスーツを着た専属運転手が素早く降り、後部座席のドアを恭しく開けた。

凛紗が静かに乗り込むと、車内には心地よい白檀の香りが漂っていた。

「ボス、お疲れ様でした」

助手席に座っていた特別補佐が、タブレット端末を差し出した。画面には、浅沼グループのリアルタイム株価チャートが表示されている。

「浅沼グループの市場調査、および関連口座の監視を開始しました。いつでも仕掛けられます」

凛紗はシートに深く身を沈め、窓の外を流れる景色に視線を向けた。

「急がないで。真綿で首を絞めるように、ゆっくりと絶望を味わわせるの」

その声音には、かつて浅沼家で虐げられていた妻の面影は微塵もなかった。

一方、浅沼本邸のリビングでは、光紀が震える手でスマートフォンを握りしめていた。

『……騒々しいぞ。何事だ』

通話口から聞こえてきた浅沼会長の重々しい声に、光紀の喉が引きつった。

『お、親父……大変なことになった。凛紗のやつが……あいつが、浅沼の株を4パーセント持っているんだ……』

受話器の向こうが、死のような沈黙に包まれた。数秒後、鼓膜を破らんばかりの怒号が響き渡った。

『この大馬鹿者が! 今すぐ書斎に来い!』

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読み進めると物語が続きます。

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章一覧

全53章

  1. 第1章第1章 離婚協議書と冷たい笑み
  2. 第2章第2章 五十億の爆弾
  3. 第3章第3章 強欲な姑と美容クリーム

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