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第3章 強欲な姑と美容クリーム

浅沼本邸の東側に位置する、離れのサロン。

豪奢なロココ調のソファに深く身を沈めた浅沼夫人は、専属のネイリストに指先を整えさせながら、部屋に入ってきた由子を品定めするように見上げた。

由子は完璧な淑女の笑みを浮かべ、深々と頭を下げる。

「お義母様、ご機嫌麗しゅうございます」

浅沼夫人は燕の巣のスープを優雅に口へ運び、冷淡に返した。

「まだ光紀と式も挙げていないのに、お義母様だなんて気が早いわね」

由子の頬が一瞬ぴくりと引きつったが、すぐに如才のない笑みで取り繕った。

「失礼いたしました。光紀さんから離婚の手続きが無事に完了したと伺いましたので、ご挨拶にと伺った次第でして……」

「まあ、あの田舎育ちの娘とは最初から不釣り合いだったのよ」

浅沼夫人は鼻を鳴らし、ネイリストを手で払って下がらせた。

「本当にみすぼらしい女だったわ。浅沼家の品位を落とすだけの厄介払いができて、せいせいしたわね」

「ええ、本当に。光紀さんも、やっと悪夢から覚めたようですわ」

由子が調子を合わせて相槌を打つと、浅沼夫人はふと自分の頬に手を当て、不満そうに眉を寄せた。

「ところで由子さん。あの女が作っていた特製の美容クリーム、そろそろストックが切れるのよ」

「……え?」

虚を突かれ、由子は目を瞬かせた。

浅沼夫人は苛立ちを隠そうともせず、鏡の中の自分を見つめながら言葉を継いだ。

「あの女、何の能もなかったけれど、あのクリームだけは本物だったわ。塗るだけで小じわが消えて、肌が二十代の頃のように引き締まるの。銀座の高級サロンの特注品よりずっと効くのよ。あなた、次の分を用意できるかしら?」

由子の背中に、すっと冷汗が伝った。

凛紗がそんなものを作っていたなど初耳だった。しかし、ここで「知らない」「できない」と口にすれば、浅沼家における自分の価値が暴落してしまう。

由子は胸を張り、自信に満ちた笑みを浮かべてみせた。

「もちろんでございます、お義母様。私、以前から凛紗さんにスキンケアのレシピを共有してもらっておりましたの。すぐに同じものを手配いたしますわ」

「そう? やっぱり良家のお嬢さんは話が早くて助かるわ。楽しみにしているわね」

浅沼夫人は満足げに目を細め、由子の手元に高級な焼き菓子の皿を勧めた。

サロンを出た瞬間、由子の顔から笑みが消え失せ、焦燥の色が露わになった。

足早に向かったのは、二階にある、かつて凛紗が使っていた部屋だ。

ドアを乱暴に押し開ける。

中はすでに家政婦たちの手によって片付けられ、殺風景な空間が広がっていた。由子はドレッサーの引き出しを片っ端から引き抜き、ゴミ箱をひっくり返して必死に手がかりを探し回った。

「どこよ……どこにレシピを隠したのよ、あの女!」

引き出しの奥から出てきたのは、白紙のメモ帳と使い古された綿棒だけだった。苛立ちのあまり、由子はそれらを床へ叩きつけた。

同じ頃、都心の最高級ホテル――そのスイートルーム。

凛紗はバスローブをまとい、ワイングラスを傾けながらタブレットを操作していた。そこへ、特注の端末を手にした特別補佐が静かに入室してきた。

「ボス、浅沼夫人から、以前ラボに委託されていたスキンケアエッセンスの追加発注要請が入りました」

凛紗の唇に、冷ややかな弧が浮かぶ。

「強欲な人ね。私の医学的処方で作られた再生クリームの価値も知らず、散々私を罵倒しておきながら、若さだけは手放せないというわけね」

凛紗はグラスをテーブルに置き、静かに命じた。

「ラボに伝えなさい。『調合責任者の契約終了に伴い、全ラインの製造を永久停止する』とね」

「承知いたしました」

浅沼夫人が愛用していたクリームは、凛紗が国際医療研究機関「K&Y」の特別処方をもとに、個人の肌細胞に合わせて調合した門外不出の逸品だった。それを失った肌がどうなっていくのか、凛紗には手に取るように分かっていた。

一方、何の手がかりも見つけられなかった由子は自分のマンションへと戻り、スマートフォンの画面を忌々しげに睨みつけていた。

「作れないなら……似たようなものを調達するしかないわ」

由子は裏社会と繋がりのある、怪しげな個人輸入代行業者へと電話をかけた。

『至急、即効性のあるアンチエイジングクリームを用意して。成分? 多少刺激が強くても構わないわ。見た目と香りを高級品に似せて、最高級のガラス容器に詰めてちょうだい』

通話を終えた由子の瞳には、暗い執念が渦巻いていた。

その時、スマートフォンが激しく震え、光紀からの着信を告げた。

画面をタップした瞬間、切迫した声が耳に飛び込んでくる。

『由子、今すぐ親父の書斎に来てくれ! 頼む!』

尋常ではない様子に、由子はコートを羽織ると、再び浅沼本邸へと車を走らせた。

重厚なマホガニーの扉を開けると、紫煙が立ち込める書斎の中央に、浅沼グループの頂点に君臨する浅沼会長が座していた。その眼光は猛禽類のように鋭く、部屋に入ってきた光紀と由子を射抜く。

「あの株が市場に流出すれば、浅沼は終わりだ」

浅沼会長は葉巻を灰皿に押し付けると、机の上に一枚の書類を叩きつけた。

「藤川凛紗を呼び出せ。五億円で全株式を放棄させる」

光紀と由子は、息をのんで顔を見合わせた。

五十億円もの価値がある資産を、わずか五億円で買い叩く。それはあまりにも一方的で、傲慢な略奪計画だった。

現在読めるのはここまでです。

読み進めると物語が続きます。

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章一覧

全53章

  1. 第1章第1章 離婚協議書と冷たい笑み
  2. 第2章第2章 五十億の爆弾
  3. 第3章第3章 強欲な姑と美容クリーム

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