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第3章 流言四起軟鞭震慑全場

フラッシュの閃光を捉えた瞬間、恵里は靴底にさらに力を込めた。

藤堂貴之の顔面が泥水の中へ深く沈み、濁った水泡がぶくぶくと浮かび上がる。

「冴島。カメラを叩き割れ」

マイバッハの車載スピーカーから、翔悟の冷たい指示が飛んだ。

冴島は影のように雨の中を疾走し、数秒後には怯えきった週刊誌の記者を引きずり戻してきた。そして、粉々に壊した一眼レフカメラを路上へ放り捨てる。

泥水から辛うじて顔を上げた藤堂が、血反吐を吐き散らしながら叫んだ。

「撮れ! 全部撮ってネットに晒せ! 徳永家の恥さらしが柏木家に媚び売って男を漁ってると、全国にばら撒いてやる!」

藤堂の狂ったような罵声が、雨の夜に響き渡る。恵里の社会的な息の根を止めようとする、悪意に満ちた叫びだった。

周囲に倒れ伏していた藤堂の手下たちも、恐怖の合間に、侮蔑の視線を恵里へ向け始める。

拘束された記者も、震える声で小さく呟いた。

「あの徳永家の放逐された娘か……やっぱり噂通りの性悪女……」

だが恵里は、唇を片方だけ吊り上げた。

藤堂の顔から静かに靴を離すと、踵を返してマイバッハの後部座席へ戻り、半身を車内へ滑り込ませる。

シートに深く腰掛けた翔悟が、興味深そうに彼女を見つめていた。

「俺に殺してほしいか?」

恵里は答えず、男の温かな掌を無言で掴み取った。

指先を絡め、再び濃密な紫気を自らの体内へ引き込んでいく。翔悟の手指が一瞬こわばったものの、拒絶することなくその力を明け渡した。

十秒と経たないうちに、恵里の経脈へ陰陽の霊力が充填されていく。

「殺す? 私の手が汚れるわ。死ぬより苦しい目に遭わせてやる」

恵里は男の手を離すと再び車外へ降り立ち、ドアを重々しく閉めた。

手にした軟鞭を軽く振るえば、鋭い破裂音が空気を切り裂く。

一歩近づくごとに、恵里の足元から凍てつくような霊圧が広がっていった。

「お前……何をする気だ……やめろ、来るな!」

藤堂は恐怖のあまり失禁しながら、手足を使って泥水を掻き、後ずさろうとする。だが、金縛りにでも遭ったかのように体が思うように動かない。

「誰に媚びを売っているって?」

パアンッ――!

しなる軟鞭が、藤堂の胸元を正確に捉えて切り裂いた。高価なオーダーメイドスーツが無残に引き裂かれ、皮膚に肉の裂ける赤い筋が刻み込まれる。

「ぎゃああああああっ!」

雨煙る港区の夜に、獣のような絶叫が木霊した。

恵里の手首は止まらない。急所を外した鞭撃が、藤堂の全身へ容赦なく浴びせられていく。皮を剥ぎ、骨を軋ませる、激痛だけの嵐。

記者は腰を抜かして震え上がり、手下たちは死んだふりをして泥の中に顔を伏せたままだ。

車内からその光景を眺める翔悟の目には、危険なほどの熱が灯っていた。弱者を演じることもなく、己の力で敵を踏みにじるその姿に、強烈な愉悦を覚えていたのだ。

数発の鞭撃の後、藤堂はもはや呻き声すら上げられず、ただ泥水の中で痙攣していた。

恵里は鞭の柄先で、藤堂の顎をぐっと持ち上げた。

「よく聞きなさい。私、徳永恵里は誰にも媚びない」

その時、けたたましいサイレンの音が雨を切り裂いて響き渡った。

赤と青の警光灯を点滅させた数台のパトカーが、現場を取り囲むように急停止する。

冴島が恵里の元へ歩み寄り、低く囁いた。

「恵里様。警察です。厄介なことになります」

恵里は血の滴る軟鞭を無造作に投げ捨てると、平然とした面持ちでパトカーを見据えた。

マイバッハの後部座席の窓が静かに下がり、冷たい翔悟の横顔が現れる。

「乗れ」

恵里が車へ向かって歩き出そうとした、その瞬間——

泥水に倒れ伏していた藤堂が、最後の狂気に駆られたように懐から銀色の拳銃を抜き放ち、恵里の背中へ銃口を向けた。