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第2章 悪童の妨害胸に触れて威を示す

交差点が、白く染まった。

行く手を塞いでいるのは、無骨に改造された数台の漆黒の大型SUVだ。

マイバッハが鋭いブレーキ音を響かせる。急制動の反動で、眠っていた恵里の体が前へ投げ出されそうになる。

翔悟は眉をひそめながら、無意識に長い腕を伸ばしてその細い腰を抱き寄せた。

「社長。藤堂家の車列です。藤堂貴之が自ら部下を率いて、道を塞いでいます」

冴島がバックミラー越しに、緊迫した声で報告した。

藤堂家——港区を拠点にする新興財閥の分家だ。その放蕩息子である貴之の悪名は、社交界でも鳴り響いていた。

翔悟の目に侮蔑の色が宿る。

「踏み潰せ」

「かしこまりました」

冴島がアクセルを踏み込もうとした瞬間、黒い傘を差した男がSUVの前に躍り出て、マイバッハのボンネットを革靴で蹴りつけた。

「車の中の奴ら、聞こえてんのか!」

藤堂貴之が泥水を跳ね上げながら喚き散らす。

「その中に逃げ込んだ女を差し出せ! 徳永家から逃げた俺の女だ! 引き渡せば、今夜の無礼は見逃してやる!」

騒音に眉を寄せ、恵里が重い瞼を持ち上げた。黒い目の奥で、昏い殺気が揺れた。

冴島が運転席の窓をわずかに開け、鋭い視線を投げかけた。

「藤堂の坊ちゃん。この車がどなたのものか、理解して吠えていますか」

「柏木家だろうが知るか! 俺の女を奪う権利は誰にもねえんだよ!」

藤堂は周囲の数十名の手下を頼みに、虚勢を張り上げて唾を飛ばした。

恵里は「俺の女」という下劣な言葉に冷笑を漏らし、隣に座る翔悟を見上げた。

「……少し利息を前借りするわね」

「何だと?」

翔悟が問い返す間もなく、恵里の冷たい指先が彼の開いたシャツの胸元へ滑り込んだ。

躊躇なく差し入れられた細い指先が、翔悟の左胸にある黒紫色の呪印を撫でる。

「貴様——」

翔悟の全身の筋肉が一瞬で硬直した。

だが、激昂しようとした刹那、心臓を取り巻いていた凍てつく痛みが、彼女の指先が触れた部分から霧散していくのを感じた。

十数年にわたり彼を苦しめてきた死呪の冷気が、女の掌に吸い込まれるように消えていく。

恵里は深く息を吐き出し、奪い取った紫気を丹田へ巡らせた。青白かった頬に、ほんのりと血色が戻る。

彼女はゆっくりと指を引き抜き、翔悟の乱れた襟元を整えた。

「外のゴミがうるさくて、治療の邪魔だわ」

耳元に吹きかけられた冷たい吐息に、翔悟の喉仏が小さく上下した。

男は体内の気血の昂ぶりを抑え込み、冷然と命じた。

「冴島。片付けろ。車を汚すな」

「御意」

冴島がドアを開け、腰から特殊警棒を抜き放って豪雨の中へ飛び出した。

雨の中で、骨の砕ける鈍い音が間を置かず響く。冴島の一撃は重く、藤堂の手下たちが次々と泥水に沈んでいった。

「ひっ……?! お前ら、何やってんだ! 柏木翔悟! あんな使い古しの女のために、藤堂家と全面戦争する気か?!」

藤堂貴之が取り乱し、後ずさりながら叫んだ。

その時、マイバッハの重いドアが静かに開いた。

翔悟が引き留めるように、恵里の手首を掴む。

「重傷の身でどこへ行く」

「死に損ないに、分を弁えさせに行くだけよ」

恵里は翔悟の手を振り解き、ドアの収納ポケットに備え付けられていた護身用の黒い革製軟鞭を手に取ると、豪雨の中へ歩み出た。

降り注ぐ大雨が、彼女の漆黒の長髪を濡らす。

華奢な体から立ち上る圧力は、降り注ぐ雨粒さえ弾き飛ばしているかのようだった。

「な、何だお前……来るな! おい、そいつを捕まえろ!」

残っていた藤堂の護衛二名が、恵里に飛びかかった。

ヒュンッ――!

恵里の手首が小さくしなり、黒い軟鞭が闇夜を裂いた。鞭先が空気を爆ぜさせ、二名の男の顔面を正確に捉える。

男たちは悲鳴を上げる間もなく宙を舞い、泥水の中へ転がった。

「ヒッ……?!」

藤堂の顔が青ざめた。徳永家で虐げられていた大人しい無能が、なぜこんな化け物じみた武力を振るえるのか。

恵里は鞭を引きずりながら、腰を抜かした藤堂の目前へ歩み寄った。

泥にまみれた藤堂の顔の上に、恵里の濡れた黒い革靴が無慈悲に踏み降ろされた。

「ぐあああっ! ぎゃっ、鼻が……!」

骨の軋む音と共に藤堂の鼻梁が潰れ、鮮血が噴き出す。

恵里は冷たい目で見下ろしながら、靴底に体重をかけた。

「誰が使い古しだって?」

その時、遠くの街角で、鋭いフラッシュが数度、雨煙を貫いて焚かれた。

黒い影が一つ、カメラを構えて立っている。

恵里はゆっくりと顔を上げた。

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読み進めると物語が続きます。

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章一覧

全10章

  1. 第1章第1章 雨夜の強奪帝王の紫気
  2. 第2章第2章 悪童の妨害胸に触れて威を示す
  3. 第3章第3章 流言四起軟鞭震慑全場

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