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チャプター 2 提携の破棄
陽翔と一緒に会場入りするのを避けるため、翌日、大沢恵茉は誰よりも早くパーティー会場に足を運んだ。
石川家の担当者を直接捕まえて、事前に取り決めていた提携を白紙に戻すつもりだったのだ。
会場に到着するなり、そばから興奮気味の話し声が耳に飛び込んできた。
「ねえ、ちょっとした噂なんだけど。七瀬家のトップ、あの七瀬朝陽が結婚のために帰国するらしいわよ!」
「私も聞いた。宗一郎様の病状が芳しくなくて、恵理子夫人が政略結婚のために無理やり呼び戻したって話ね」
別の客が口を挟む。「この界隈じゃ、身体のせいで若くして老け込んでいるって噂よ。まだ40前なのに、お爺さんのように醜い顔をしてるらしいじゃない。七瀬家のトップが一体どんな容姿なのか、一度拝んでみたいものだわ」
その言葉に、恵茉はふと目を伏せた。その噂なら彼女の耳にも入っていた。
七瀬朝陽――。十八歳で自身のビジネス帝国を築き上げ、世界最年少でトップの座に上り詰めた男。
しかし、この上流階級のコミュニティにおいてすら、彼はこれまで一度も素顔を晒したことがない。
そして同じ年、わずか五歳だった陽翔を養子に迎えたのである。
噂によれば、その手腕は冷酷無比。性格は底知れず、極度の潔癖症かつ女性嫌悪を抱えているため、この三十数年間、女性の影すらなかったという。
「もう一つ、絶対知らない情報があるわよ!今回、宗一郎様が危篤だから、海外に追放されていたあの隠し子――朝陽の異母弟も戻ってくるらしいの」
「隠し子が帰ってくるなんて、どうせ七瀬家の財産目当てに決まってるわね!」
恵茉はかすかに眉をひそめた。これなら、七瀬家も当分はひと悶着ありそうだ。
その時、石川家のアシスタントが恵茉を見つけて声をかけてきた。「大沢様、上の階の控室で、石川晃海が提携の件でお待ちしております」
「分かりました」 恵茉はうなずき、アシスタントの案内に従って上の階へと向かった。
石川晃海は彼女の姿を認めると、にこやかに微笑んだ。「大沢さん、前回のプロジェクトは本当にあなたのおかげです」
そばのソファを勧めながら、晃海はグラスを差し出す。「あなたが研究データの異常に気づいてくれなかったら、あれほどの薬効は得られなかったでしょう」
「まだ大学も卒業していないのに、その手腕は国内のベテラン医学教授にも引けを取らない。七瀬陽翔が本当に羨ましいですよ」
晃海の冗談交じりの言葉にも、恵茉の顔に笑みは浮かばなかった。
「こちらがお約束していた、石川グループと七瀬グループの今後五年間における戦略的提携の契約書です」 晃海はテーブルの上の契約書を恵茉の方へ押しやった。
しかし恵茉は目を伏せたまま契約書に手を置くと、それを晃海の方へと押し返した。
「申し訳ありません、石川さん。この契約はお受けできません」と恵茉は静かに告げた。
晃海は意外そうに眉を上げる。「何かご不満な点でも?」
恵茉は首を横に振った。「私は七瀬グループを離れます。もう、陽翔のために働くことはありません」
昨日、陽翔の婚約のニュースが世間を騒がせていたばかりだ。今日の恵茉の様子を見れば、晃海にも事情はだいたい察しがついた。
晃海は指先でソファの肘掛けを軽く叩くと、ふっと笑みをこぼした。「では、改めて我々同士の提携についてお話ししましょうか」
恵茉は一瞬虚を突かれ、言葉の意図を測りかねた。
キョトンとする恵茉を見て、晃海は続ける。「以前から申し上げている通り、あなたがいなければ、石川製薬は七瀬グループと提携を拡大することなどありませんでした。なにしろ、七瀬グループの専門は医療ではありませんからね」
恵茉は軽く唇を噛んだが、正直に答えた。「今のところ、新しい会社に入るつもりはありません。最後のインターンの一年間は、医薬の研究に専念したいと思っています」
差し伸べた手をすぐには取らないだろうと察し、晃海は穏やかに笑った。「大沢さん、気が向いたら、いつでも私のところへ来てください。我々石川製薬の扉は、いつでもあなたのために開かれていますよ」
その言葉に胸を打たれ、恵茉は晃海に向かってグラスを掲げた。「石川さんのご信頼に感謝します」
晃海もグラスを持ち上げ、恵茉のグラスと軽く合わせた。「あなたが陽翔から離れ、輝かしい未来へ羽ばたけるよう祈っています」
その言葉を聞いた瞬間、手元が狂い、グラスの酒がこぼれてドレスを大きく濡らしてしまった!
恵茉は慌ててティッシュを引き抜き、ドレスの汚れを拭き取る。
晃海はグラスを置いた。「隣の部屋に予備の服があります。アシスタントを呼びますから、着替えてきてください」
「いいえ、一人で行けますから大丈夫です。ありがとうございます、石川さん」
恵茉は控室を出て、左右の部屋をちらりと見比べた。
左側のドアが少しだけ開いているのを見つけ、深く考えずにそのままドアを押し開けて足を踏み入れる。
だが、反応する間もなく、手首を力強く引かれ、体が前のめりによろめいた!
異変に気づいて身を翻し逃げようとしたが、腰をがっちりと抱え込まれ、力ずくで引き戻される!
「助け――」
言葉を発しようとした瞬間、燃えるように熱い唇が、彼女の唇を容赦なく塞いだ。
恵茉は瞬時に目を限界まで見開いた!
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