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チャプター 2 第2章

―― 中西美月 ――

私は彼の温もりを感じながら、疑惑を心に閉じ込めた。直樹の背中から伝わる心臓の鼓動は、私の心臓の音と重なって、まるで一つの音のように響いた。私はまだ、この関係を信じていたかった。

「美月、そろそろ出かける時間だよ」

直樹の声が聞こえ、私は彼の腕の中からそっと離れた。

「ええ、そうね」

私は小さく頷いた。私の返事は、表面上は穏やかだったが、内心では嵐が吹き荒れていた。

外は、朝の穏やかな日差しとは打って変わって、雲が厚く垂れ込めていた。鉛色の空が、私の心を象徴しているようだった。

朝食のテーブルに戻ると、直樹が私のために特別に用意したパンケーキが置いてあった。彼はいつもはこんなことをしない。

「美月、今日は特別だから。ちゃんと食べて、元気を出してね」

直樹は優しく言った。私は彼の気遣いに、一瞬だけ心が揺らいだ。彼は私をまだ愛している。そう思いたかった。私はパンケーキを口に運んだ。甘さとバターの香りが口いっぱいに広がったが、私の心は重かった。

私たちは表参道にある、高級ウェディングサロンへと向かった。サロンのエントランスは豪華で、大理石の床が磨き上げられている。スタッフが深々と頭を下げて私たちを迎えた。

「中西様、松浦様、本日は最終フィッティングでございますね。準備は整っております」

案内されたのは、プライベートな試着室だった。広々とした空間には、何着ものウェディングドレスが飾られている。どれもため息が出るほど美しい。

「さあ、美月、好きなものを選んで。全部君のためにある」

直樹はソファに深く座り込み、リラックスした様子で私に微笑んだ。彼の瞳は穏やかで、まるで何も知らないかのように見えた。私はその笑顔に、一瞬だけ安堵する。彼は私を愛している。きっと、私の勘違いなのだ。

私はスタッフに手伝ってもらいながら、一着目のドレスに袖を通した。繊細なレースと煌めくビーズが施された、オフショルダーのドレスだった。背中のファスナーを上げるのに時間がかかった。何枚もの生地と裏地が重なり、ドレスは重かった。でも、その重さは、私が直樹と築き上げてきた五年間を象徴しているようだった。

フィッティングに時間がかかった。鏡の前で何度も姿勢を直し、丈を調整する。レースの柄の位置を微調整し、ビーズの輝きを確認した。スタッフは私の意見を丁寧に聞き入れ、細部にまでこだわった。

その時、試着室の外から、けたたましい携帯電話の着信音が聞こえてきた。直樹のスマートフォンだ。その音は、まるで静寂を切り裂くかのように響き渡った。

「くそっ!」

直樹の声が聞こえた。彼はソファから飛び起き、慌ててスマートフォンを手に取った。彼の表情は、一瞬にして硬直した。

「もしもし?」

直樹は小声で話し始めた。私は試着室のカーテンの隙間から彼の様子を伺った。彼は壁を背にして、私から見えないように体を向けた。彼の背中は緊張で硬く、声はひどく焦っているように聞こえた。彼は電話の相手に何かを説明しているようだったが、その言葉は私には聞こえなかった。

私はドレスのフィッティングを終え、カーテンを開けた。

「直樹、どうかしら?」

私は少し震える声で彼を呼んだ。オフショルダーのウェディングドレスは、私の体に完璧にフィットしている。純白の生地が肌を輝かせ、レースの刺繍が上品さを際立たせていた。振り返った直樹の視線が、私の全身をなぞる。しかし、彼の瞳の中に、私が期待したような驚きや喜びの色はなかった。彼の視線は、一瞬だけ私に触れ、すぐに宙を彷徨った。彼の顔には、隠しきれないほどの焦燥感が浮かんでいた。

「ああ、綺麗だ。とても似合ってるよ、美月」

彼の言葉は、まるで空虚な響きを持っていた。心ここにあらず、といった様子だった。

「ごめん、美月。急用が入った。今すぐ行かないと」

直樹はそう言って、出口へと向かおうとした。

「え、でも、まだフィッティングが…」

私の言葉を遮るように、彼は私の方へ振り返りもせずに言った。

「残りはスタッフに任せて。君が納得するまで、しっかりフィッティングしてもらうんだ」

彼の声は、まるで誰かに言い訳をしているかのように聞こえた。彼は私にキスもせず、ただ急いで出口へと向かった。

「じゃあ、僕のことは気にせず、ゆっくり選んでくれ」

そう言い残し、直樹はドアの向こうへと消えていった。彼の後ろ姿は、私を見捨てて去っていくように見えた。

試着室のスタッフたちが、気まずそうに私の方を見た。彼らの視線が、私の心をさらに深く突き刺した。私は作り笑顔で彼らに言った。

「ええ、ええ。じゃあ、もう少し見ておきましょうか」

鏡に映る私は、純白のウェディングドレスを身にまとっていた。しかし、その姿はまるで、舞台上で一人残された道化師のように見えた。幸福の象徴であるはずのドレスが、私を嘲笑っているように感じられた。