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第2章
佳菜は寝室のベッドの縁に腰掛けたまま、夜が明けるのを見ていた。 目は乾ききって、痛みすら感じる。心は静かな灰のようだった。 隣の書斎の方で、ドアが開く音がした。聡志が書斎から出てきたのだ。 佳菜は素早くベッドに横になり、目を閉じた。 ドアに背を向け、眠っているふりをした。 聡志が廊下を抜けて、静かな足取りで寝室に入ってくる。 彼の体からは、朝の冷たい空気と知らない香水の匂いがした。 彼はベッドのそばに、しばらく立っていた。彼女を観察しているようだった。 彼の視線を感じて、佳菜の全身の筋肉がこわばる。 やがて、聡志が身をかがめ、背後から彼女を抱きしめた。 彼の声には、わざとらしいほどの申し訳なさが滲んでいた。 「すまない。昨日は高橋と話し込んでしまって。そのまま書斎で寝てしまった」 彼の腕に温度はなかった。佳菜はただ、胃の奥から何かがせり上がってくるような吐き気を感じた。 いつものように彼の腕に体を預けることはしなかった。 ただ硬直した体のまま、小さく「うん」とだけ返事をした。 聡志は彼女の冷淡さに気づいたのだろう。 眉間にわずかな皺が寄ったのが、背中越しに分かった。 だが、彼はそれ以上何も言わなかった。昨夜のことを、まだ根に持っているだけだと思ったのだろう。 彼はスーツのポケットから小さな箱を取り出し、彼女の枕元に置いた。 「君に。機嫌を直してくれ」 佳菜は動かなかった。目も開けなかった。 聡志の忍耐が尽きかけているのが分かった。声に命令の色が混じる。 「開けてみてくれ」 佳菜はゆっくりと目を開けた。その瞳には、何の光も宿っていなかった。 彼女は体を起こし、機械的な仕草で箱を開けた。 中にはシルクのスカーフが入っていた。綺麗な柄だったが、彼女の好みではなかった。 これが、彼の口封じの道具なのだと、彼女は理解した。 「ありがとう」 平坦な声で礼を言うと、彼女はスカーフを脇に置いた。 聡志が期待していたであろう喜びも、許しも、そこにはなかった。 彼は不機嫌そうに言った。 「どうした、気に入らないのか?」 佳菜は彼を見た。初めて、自分の疲労を隠さずに。 「ううん。ただ、少し疲れているだけ」 彼女の瞳は、あまりにも静かすぎた。まるで深い湖のようで、聡志は奇妙な不安を感じた。 彼が何かを言いかける前に、佳菜は布団から出た。 「朝食の準備をするわ」 彼女は彼の横を通り過ぎた。一度も彼を見ることなく。まるで彼がそこにいないかのように。 聡志はその場に立ち尽くした。彼女の背中を見ながら、彼は初めて感じていた。 この家も、この女も、何かが自分の制御下から離れ始めていると。 朝食のテーブルは、静寂に包まれていた。 佳菜は黙々とトーストを口に運ぶ。一言も発しない。 聡志が話題を切り出そうとした。 「そういえば、今日、プロジェクトチームに新しい専門家が来るんだったな」 佳菜のフォークを握る手に力が入った。 「ええ」 彼女はただ一言だけ返した。 空気が再び沈黙に支配される。聡志は苛立たしげにカトラリーを置いた。 「佳菜、一体何を怒っているんだ?」 彼は詰問した。佳菜は顔を上げた。静かに彼を見つめ返す。 「私が、怒っているように見える?」 その瞳は、底なしの沼のようだった。聡志の言葉はすべて、喉の奥で詰まってしまった。
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