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視界を埋め尽くす眩い金色の光の中で、陽菜は不思議な浮遊感に包まれていた。

龍の息吹のような神気が、八階から落下する絶望的な重力加速度を強引に削ぎ落としていく。

だが、三歳の幼い身体にとって、落下の物理エネルギーはあまりにも過酷だった。

ドォォォンッ!

深夜の住宅街に、金属が激しくひしゃげる破壊音が轟いた。

路肩に停車していた、一台の漆黒のマイバッハ。

その特注防弾仕様のルーフが、まるで巨大な鉄球を落とされたかのように大きく窪み、ガラスが一斉に蜘蛛の巣状の亀裂を走らせた。

「な、なんだ?! 爆弾か?!」

運転席から飛び出してきた大柄の専属警護員、柴田剛が、瞬時に懐の特殊警棒を構えて周囲を警戒した。

後部座席の防弾ドアが、重厚な音を立てて開く。

「柴田、騒ぐな」

降り立ったのは、仕立ての良すぎる漆黒の三つ揃えを纏い、黄金の龍頭をあしらった杖を手にした老人――新垣グループ総帥、新垣秀臣だった。

国内の政財界を裏から牛耳る絶対権力者は、その鋭い眼光を車のルーフへと向けた。

ルーフの窪みの中央に、血に塗れた小さな身体が横たわっていた。

ボロボロのセーターを身に纏った、わずか三歳ほどの幼女だ。

口元から一筋の鮮血を流し、呼吸は虫の息だったが、その心脈の奥底にはかすかに金色の神気が渦巻いていた。

「子供……? 上から落ちてきたのか……」

柴田が息を呑み、即座に無線へ手を伸ばそうとする。

だが、秀臣の足は凍りついたように止まっていた。

街灯の淡い光の下で露わになった、幼女の横顔。

秀臣の心臓が、まるで万力で締め上げられたかのように激しく跳ねた。

眉の傾き、形の良い鼻筋、小さく結ばれた口元――そのすべてが、現在も集中治療室で昏睡状態にある次男・新垣啓介の幼少期の写真と、恐ろしいほどに酷似していた。

「まさか……」

秀臣は震える指先で、陽菜の額にかかる濡れた前髪を払った。

冷え切った小さな肌。

その胸元から、血溜まりの中へと転がり落ちた翡翠色の石が、秀臣の視界に飛び込んできた。

歴代の新垣家当主のみが継承を許される、一子相伝の守り勾玉。

三年前、次男の啓介が暴漢の罠に落ちて行方不明になった夜、彼が身につけていたはずの至宝だった。

秀臣は息を呑み、血に染まった勾玉を拾い上げた。

裏面を指の腹で撫でる。

そこには、新垣家の血筋だけが識別できる特殊な龍の隠し彫りが、確かに刻まれていた。

「柴田ァッ!」

静寂を破り、秀臣の喉から雷鳴のような咆哮が迸った。

「救急車を待つな! 第一病院の救急救命センターへ直行させろ! 新垣の総力を挙げてこの子を救え! 一秒でも遅れたら貴様らの首が飛ぶと思え!」

「は、はッ!」

柴田は狼狽しながらも、主人のただならぬ剣幕に、即座に後続の護衛車を手配した。

秀臣は自らの最高級ウールコートが血に汚れることも意に介さず、ひしゃげた屋根から陽菜の小さな身体を抱き上げた。

まるで壊れやすい硝子細工を扱うかのような、痛切なまでの手つきだった。

「……う……ママ……」

意識の混濁した陽菜の唇から、かすかな呟きが漏れた。

小さな指が、秀臣のスーツの襟元を弱々しく掴む。

その無力な温もりが伝わった瞬間、冷徹無比で鳴らした財閥の巨頭の目頭に、熱いものが込み上げた。

「大丈夫だ。爺がついている。お前の命は新垣のすべてに代えても繋ぎ止めてやる」

車列は雨の首都高速を、猛烈な速度で疾走した。

赤信号を無視し、サイレンを鳴らす警護車両を先頭に、新垣グループ傘下の頂点に君臨する聖ルカ第一総合病院へと滑り込む。

病院の地下VIP搬送口には、すでに招集された院長をはじめ、脳神経外科や心臓血管外科のトップ医師数十名が、蒼白な顔で待機していた。

「総帥、患者は――」

「言葉を挟むな! この子を助けろ!」

秀臣はストレッチャーに陽菜を寝かせると、血走った目で医師たちを威圧した。

「それと院長、私の血液を今すぐ採取しろ。この子との超特急DNA鑑定を行え。手術が終わるまでに結果を出せ。新垣の直系かどうかを、今夜中に証明する!」

赤い手術室のランプが点灯し、重厚な扉が閉ざされた。

秀臣は壁に背を預け、握りしめた勾玉の冷たさに、ただ激しく胸を波打たせていた。

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章一覧

全67章

  1. 第1章第1章 悪鬼の足音八階の窓辺
  2. 第2章第2章 金色の光総帥の咆哮
  3. 第3章第3章 奇跡の血統二男の緊急招集

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