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チャプター 3 私たち、別れましょう

安部結月が旧市街の賃貸アパートに帰ってきた時、すでに深夜だった。

彼女は狭い玄関に立ち、足元の少し型崩れしたグレーの男性用スリッパに目を落とした。

それは沢田彬晴のもので、靴底には彼女が昼間モップ掛けをした時に残った水の跡がまだついていた。

洗面台には、青とピンクの二つのプラスチック製歯磨きコップが並んで置かれていた。

ベッドサイドテーブルには、彼女が生活費を切り詰めて彼に買ってあげた髭剃りが置いてあった。 ハンガーには、彼の色褪せるまで洗われた上着がまだ掛かっていた……

どの品物も、ここに彬晴という男が住んでいたことを彼女に思い出させていた。

しかし彼女と彬晴は、もう二度と元には戻れないのだ。

スマートフォンが突然震えた。

結月は機械的にスマートフォンを取り出し、沢田彬晴から送られてきたメッセージを見た。

「今夜は重要なクライアントの接待があるから、帰れないかもしれない。 先に寝てて。明日また説明するから」

クライアントの接待?

それとも、嵐陽菜と一緒に?

あるいは、彼と婚約する予定の野原家の令嬢と一緒に?

嘘はすでに彼女の目の前で暴かれたというのに、彼はまだ何食わぬ顔で彼女を騙し続けている。

結月はしょぼつく目をこすり、たった一言だけ返した。

「私たち、別れましょう」

……

翌朝早く、結月はいつも通り仕事に出かけた。

しかし、現実の平手打ちは彼女の想像よりも早く、そして容赦なくやってきた。

午前中、漢方薬局の店主は彼女を門前払いし、もう来なくていいと言った。

昼、マーラータンの屋台の主人は給料を清算し、よそを当たるようにと言った。

午後、彼女がオフィスビルに駆けつけると、清掃の斉藤係長はあっさりとシフト表から彼女の名前を消した。

一日のうちに、三つのアルバイトをすべて失った。

結月はとうとう耐えきれず、清掃係長の腕をガシッと掴んだ。

「斉藤さん、本当のことを教えてください。誰かが裏で私を陥れようとしているんですか?」

斉藤係長は辺りを見回し、声を潜めて言った。「結月、私にもどうしようもないのよ。上からお達しがあってね。昨夜、あなたが沢田さんの機嫌を損ねたって、今この業界じゃ噂で持ちきりなの。あなたを雇うなんて、沢田家に逆らうようなものよ。 うちみたいな小さな会社に、そんな危険を冒せるわけないじゃない?」

そう言い終えると、彼女は結月に巻き込まれるのを恐れるかのように、足早に去っていった。

結月はオフィスビルの外に立ち、全身が冷たくなるのを感じた。

彬晴は彼女を騙し、浮気をし、今や彼女に生きる道すら残そうとしない。

この怒りが収まらないうちに、スマートフォンがけたたましく鳴り出した。

画面には、実家のある町の診療所からの電話番号が表示されていた。

結月は胸が締め付けられる思いで、急いで電話に出た。

「結月、お母さんの体内の残留毒素がまたぶり返してね。一晩中痛がって、脱水症状を起こしかけているのよ」

電話の向こうで、顔なじみの看護師の声が非常に焦っていた。「先生は、一刻も早く霊芝護心液を使わないと、今夜毒素が心臓に回ったら、もう持ちこたえられないかもしれないって!」

結月は喉を詰まらせた。「すぐに薬を買います!お願いですから、先に母の容態を安定させてください!」

当時、祖父が湊川市漢方医学会の会長の座を巡って人と争った際、相手は表立って勝てないと見るや、なんと彼らの家の井戸に毒を入れたのだ。

祖父はそのせいで無念の死を遂げ、父も三年持ちこたえた末に亡くなった。

残された母だけは、中毒の程度が最も軽かったものの、体の根本を痛めており、ここ数年は結月が漢方薬でなんとか命を繋ぎ止めている状態だった。

ひとたび毒性がぶり返せば、高価な輸入薬を使って命を保たなければならない。

電話を切ると、結月はすぐに残高を確認した。

霊芝護心液は一本十六万円だが、彼女のカードには六万円しか残っていなかった。

一昨日、彼女は十六万円の給料を受け取ったばかりだったのに。

しかし彬晴が、彼が立ち上げた会社にまだ起業資金が足りないと言うので、彼女はその時一円も残さず、すべて彼に送金してしまったのだ。

結月は強く歯を食いしばり、かつてピン留めしていた番号を探し出し、電話をかけた。

電話は長く鳴り続けたが、最後は誰も出ないまま自動的に切れた。

彼女は深呼吸をして、再びかけ直した。

五回目にして、ようやく電話が繋がった。

「彬晴、一昨日あなたに送金したお金を――」

「安部さん、いい加減にしてもらえませんか?」

電話から聞こえてきたのは彬晴の声ではなく、若い男の極めて苛立った罵声だった。

「沢田さんの身分を知ったからには、少しは身の程をわきまえて、これ以上しつこくまとわりつかないでください!沢田さんは今、嵐さんとフランス料理を食べているところで、あなたのような玉の輿を狙う女の相手をしている暇はないんです!」

「彼にまとわりついているわけじゃありません。私はただ、自分のお金を取り戻したいだけです」

結月はスマートフォンに向かって叫んだ。その声は止めどなく震えていた。「あれは母の命を救うためのお金なんです!彼にお金を返すように言ってください!」

しかし相手は全く聞く耳を持たず、一方的に電話を切った。

結月は喧騒に包まれた交差点に立っていた。周囲は人波で溢れていたが、彼女にはもう何も聞こえなかった。

彼女は思いもしなかった。自分が五年の歳月をかけ、命がけで愛し養ってきた男が、最後には最も猛毒を帯びた刃となり、彼女の心臓に深く突き刺さることになるなどとは。

二十歳の年、彼女は裏山で薬草を採っていた時、全身血まみれで息も絶え絶えだった彬晴を背負って家に連れ帰り、三日三晩一睡もせずに、ようやく閻魔大王の手から彼を奪い返したのだ。

彼が目を覚ました後、何も覚えていないと言った時、彼女はそれを信じた。

彼女が彼を養うと言うと、彼は目を潤ませて、これからの人生ずっと彼女を大切にすると言った。

彼が湊川市に来て起業したいと言うと、彼女は彼に付き添ってここへ来て、一日に三つのアルバイトを掛け持ちし、稼いだお金を一つ一つ彼の手へ渡した。

彼が口を開きさえすれば、彼女はこれまで一度も拒んだことはなかった。

しかし結局のところ、彼女が生活費を切り詰めて捧げた真心は、沢田家の御曹司にとっては、落ちぶれた時のただの暇つぶしに過ぎなかったのだ。

結月は怒りで全身を震わせたが、涙をぐっと堪えた。

彼女は心の中で誓った。今後、男のために一円でもお金を使ったら、自分は犬だと。

しかし今は、母の薬代がまだ十万円足りない。

結月は深呼吸をして、小室萌花の番号を探し出し、電話をかけた。

萌花は高級な個人向けの仕事を紹介するのを専門としており、人脈が広かった。

電話が繋がるなり、相手は冷たい声で言った。

「沢田さんの機嫌を損ねておいて、よく私に連絡できたわね?もうあなたには回せないわ」

結月はスマートフォンを握りしめ、懇願するような口調で言った。「小室さん、昨夜のことは事故だったんです。ご迷惑をおかけしたのは分かっています」

「でも、本当に急いでお金が必要なんです。お願いですから、もう一度だけ助けてください。汚い仕事でもきつい仕事でも、何でもやりますから!」

電話の向こうはしばらく沈黙したが、結局は同情してくれた。

「手っ取り早く稼げる仕事が一つだけあるわ。雇い主が三年の契約結婚の相手を探していてね。条件は、口が堅くて、礼儀をわきまえていて、人の世話ができる女性よ」

「もし受けるなら、覚悟を決めてちょうだい。後になってまた何かトラブルを起こさないでよ」

結月は目を閉じた。

彼女はすでに何もかも失い、尊厳すらも彬晴によって泥沼に踏みつけられていた。

これ以上、母を失うわけにはいかない。

「受けます!」

現在読めるのはここまでです。

読み進めると物語が続きます。

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章一覧

全17章

  1. 第1章チャプター 1 じゃあ、私は何なの
  2. 第2章チャプター 2 彼女の彬晴はもう死んでしまった
  3. 第3章チャプター 3 私たち、別れましょう

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