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チャプター 2 第2章 塵封された過去と叔父の戦慄

東の空が白み始めるまで、静は一睡もできなかった。 ベッドの背もたれを起こし、朝の光に照らされる双子の寝顔を見つめる。昨日までの自分なら、裏切られた悲しみにただ打ちひしがれていただろう。しかし今は、氷のように冷たい思考が頭の中を満たしていた。 今川家で過ごした二十年の歳月が、走馬灯のように脳裏をかすめる。 孤児院から引き取られたとき、養父母は「慈悲で拾ってやったのだ」と繰り返し静に刷り込んだ。広大な屋敷の中で与えられたのは、日当たりの悪い使用人部屋のような一室。日々の家事を押しつけられ、家族旅行に連れて行かれた記憶もない。 実の娘である今川楓は、常にスポットライトの中心にいた。 「お姉ちゃん、これ似合わないからあげるね」 そう言って押しつけられたのは、いつも楓が着古した服や壊れかけの玩具だった。天使のような微笑みの裏で、静が大切にしていたノートを破り、気に入った持ち物を奪い去っていった義妹。 そして一年前、今川家の事業が行き詰まりかけたとき、養父の今川正雄は冷酷に言い放った。 「これまで育ててやった恩を返す時が来た。高橋グループの若社長に嫁げ」 断る権利など、最初からなかった。しかし嫁いだ先で待っていたのもまた、冷え切った寝室と夫の侮蔑だけだった。 『お前のような地味な女、誰が好き好んで抱くか。俺の妻という肩書きだけを全うしろ。いずれ楓と一緒になる』 結婚初夜に告げられた冷酷な言葉。妊娠は、泥酔した陸に無理やり求められた一度きりの過ちによるものだった。 「もう……終わりにする」 静は小さく呟いた。これ以上、あの男たちに自分の人生を搾取されてたまるものか。離婚して、この子たちと三人で生きていく。 同じ時刻。東都大学病院の最上階にある産科部長室。 九条康介は、淹れたてのコーヒーに口をつけながら、前夜の出産台帳の電子カルテを確認していた。 画面をスクロールする指が、ある名前の前でピタリと止まる。 「高橋静……?」夫の欄には「高橋陸」、旧姓の欄には「今川」とある。「静」という名、そして今川家がかつて孤児を引き取ったという噂に、康介は微かな胸騒ぎを覚えた。 何気なくカルテの顔写真をクリックした瞬間、康介の呼吸が止まった。 マグカップが手から滑り落ち、デスクの上で鈍い音を立てて倒れる。熱い液体が重要書類を濡らし、白衣の裾を汚していったが、康介にはそれを拭う余裕すら残されていなかった。 画面に映る、入院手続きの際に撮影されたノーメイクの横顔。 疲労の色が濃いその顔立ち、切れ長の涼やかな目元、少しだけ上がった口角の形――――。 「姉さん……?」 康介の声がかすかに震えた。 九条という特徴を持つ、その美しい瞳……まるで、彼の実の姉である九条絢子が若い頃の姿そのものだった。 姉が愛娘に授けた名も、確か「静」だったはずだ。 心臓が早鐘を打つ。背筋を冷たい汗が伝い落ちた。 まさか、そんな奇跡があるはずがない。だが、もし万が一にでも―――― 康介は震える手で内線の受話器を掴み取った。 「総務と検査室! 至急、部長室に来てくれ! 今すぐだ!」 一分と経たずに飛び込んできた助手の医師に、康介は鬼気迫る表情で矢継ぎ早に指示を飛ばした。 「一般病棟302号室に入院している高橋静という産婦、そして生まれた新生児のDNA検体を大至急採取しろ。新生児アレルギーのスクリーニング検査と偽って構わん。誰にも怪しまれるな」 「は、はい?! DNA鑑定ですか?」 「いいから早く行け! 最優先で解析に回すんだ。それから彼女の身元調査だ。今川家との養子関係、夫であるタカハシ・コーポレーションの高橋陸との婚姻関係、すべて洗い出せ!」 助手は血相を変えて部屋を飛び出していった。 康介は窓枠に両手を突き、荒い息を吐き出す。二十年以上、家族全員が胸に抱き続けてきた絶望の暗闇に、猛烈な勢いで光が差し込んでいた。 午前中、静の病室に助産師の恵美と看護師が訪れ、赤ちゃんの口腔粘膜を綿棒で軽く拭っていった。静が不審そうに見つめると、「規定のアレルギー検査です」と穏やかに説明され、それ以上疑うことはなかった。 午後には、産後の子宮復古状態を確認するという名目で、静自身の検体も採取された。 採取された検体は即座に院内の最先端遺伝子解析ラボへと持ち込まれ、極秘裏に照合が進められた。 そして、夕方五時。 康介のパソコンに、暗号化された解析完了の通知が届いた。 パスワードを入力する指が震え、何度もタイピングミスを繰り返す。ようやく開かれたPDFファイル。 スクロールした最下段、赤字で記された結語。 『検体A(高橋静)と検体B(九条家既存登録データ)の血縁関係該当率:99.999%』 「……っ!」 康介の喉から、声にならない嗚咽が漏れた。 デスクに両肘をつき、顔を覆う。指の隙間から、止めどなく涙が溢れ出た。 間違いない。生きていたのだ。 あの子が―――彼が最も愛している姪っ子は、すぐ下の病棟にいた。

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章一覧

全86章

  1. 第1章チャプター 1 第1章 双子の誕生そして亀裂
  2. 第2章チャプター 2 第2章 塵封された過去と叔父の戦慄
  3. 第3章チャプター 3 第3章 家族のメッセージと控えめな守護

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