/0/24817/coverbig.jpg)
第2章 年後のハッキング嵐
それから5年後の朝。銀座にそびえ立つ西沢ホールディングス本社ビルの最上階では、重苦しい沈黙の中で定例役員会議が開かれていた。
数十人の役員たちが背筋を伸ばして着席する中、議長席に座る西沢慎司は、5年前よりもさらに冷徹で彫りの深い顔立ちとなり、鷹のような鋭い眼光で報告者を睨みつけていた。
財務担当役員が額の汗を拭いながら、今期の海外M&A案件について報告していたその時だった。会議室中央の巨大プロジェクター画面が、突然バチッと激しい音を立てて点滅した。
直後、ビル全体の照明と電子機器が一斉に異常な電流ノイズを発し、会議室のスクリーンは目を刺すような真っ赤な文字化け画面へと切り替わる。耳をつんざくような電子アラームが、部屋中にけたたましく鳴り響いた。
慎司の顔色が瞬時に凍りつき、長い指がテーブルを強く叩いた。
「システム管理部は何をやっている」
彼の低い声が響いた次の瞬間、ビル内部に設置された数十枚の大型液晶モニターと、銀座の大通りに面した千平方メートルの巨大LEDビジョンが、すべて外部から強制的に乗っ取られた。
画面の中央に飛び出してきたのは、奇妙でコミカルなアニメーションだった。慎司にそっくりな黒いスーツ姿のミニキャラが、ぷっくりとした小さなロボットハンドに頭を押さえつけられ、地面に何度も叩きつけられてボコボコにされている。
さらにそのアニメーションの下には、極太のゴシック体で挑発的な文字が点滅していた。
『西沢大魔王、今日も救いようのない大マヌケ!』
それと同時に、ビル内のすべてのスマートプリンターが取り憑かれたようにフル稼働を始めた。大魔王が涙目で泣いているイラスト入りのチラシが滝のように吐き出され、オフィス中へと撒き散らされていく。
役員会議室は、まるで墓場のような静けさに包まれた。
役員たちは真っ青な顔でスクリーンを見つめ、吹き出しそうになる笑いを必死で噛み殺しながら、背中に冷や汗を流していた。
そこへ、秘書の渡邊拓海が血相を変えて会議室に飛び込んできた。
「しゃ、社長! 本社の中央サーバーが最高レベルのハッカーに攻撃され、第三防衛ファイアウォールまでわずか3秒で突破されました!」
慎司は画面の中で自分を嘲笑うアニメの顔を睨みつけ、周囲の空気を震わせるほどの凄まじい殺気を放った。荒々しく立ち上がると、手にしていた高級万年筆を握り潰し、テーブルに叩きつけて怒声を響かせた。
「会議は中止だ! 今すぐ外部の光ファイバーを物理的に遮断しろ! 3分以内に犯人のIPアドレスを特定して、俺の前に引きずり出せ!」
その同じ時刻、西沢ビルから数ブロック離れた静かな高級マンションの一室。
もうすぐ五歳になる松沢蓮は、自分の体より二回りも大きいゲーミングチェアにちょこんと座り、小さな手を残像が見えるほどの速さでキーボードの上に走らせていた。
モニターに滝のようなデータコードが流れ落ちる中、蓮はデスクの横に置いたイチゴ牛乳をストローでちゅーっと吸い、幼く整った顔に年齢不相応なクールで腹黒い笑みを浮かべた。
寝室のドアが開き、ピンク色のウサギのパジャマを着た双子の妹・松沢凛が、小さな手で目をこすりながら歩いてきた。二つに結んだツインテールを揺らし、甘い声で問いかける。
「お兄ちゃん、また悪いパパを懲らしめてるの?」
蓮はキーボードから手を離し、妹の柔らかい頭を優しく撫でると、得意げに鼻を鳴らした。
「これくらい、5年前にママを泣かせて追い出した悪い男への、ほんのちょっとした利子だよ」
凛は小さな手をパチパチと叩いてケラケラと笑い、パジャマのポケットからイチゴ味のペロペロキャンディを取り出して、ご褒美として兄に差し出した。四年半前、愛香が命がけで守り抜いて海外で出産したこの男女の双子は、スクリーンの前で小さな手を合わせてハイタッチを交わした。
蓮はキャンディを口にくわえると再び画面に向き直り、瞬きもせずにキーボードを叩いて、バックドアに自動消去型の踏み台プログラムを埋め込んだ。追跡してきたデータをすべて跳ね返し、西沢ホールディングス本社の公衆ネットワークノードへと逆流させる。
その瞬間、西沢ビルの中央サーバールームでは、集められた数十人のトップエンジニアたちが悲鳴を上げた。
「ダメだ! 追跡パケットが逆流してくる! コアデータベースの入り口に挑発スタンプまで押されました!」
報告を聞きながらサーバールームに大股で踏み込んできた慎司は、エンジニアを脇へ押しのけると、自らメインコンソールの前に座り、長い指で直接コードを打ち込んで遮断を試みた。だが、システムはすでに完全にロックされていた。
真っ黒になった画面の中央に、小さなウィンドウが一つだけポップアップする。そこへ、白い文字がゆっくりと浮かび上がった。
『大魔王、悔しかったらLANケーブルを辿って僕を捕まえてごらん』
慎司は怒りのあまり唇の端を吊り上げ、黒い瞳に獲物を狩るような危険な光を宿した。この攻撃コードの組み立て方には、海外のアンダーグラウンド界隈でしか見られない特有の癖がある。
彼は立ち上がり、ネクタイを荒々しく緩めると、渡邊に向かって冷酷に命じた。
「グループ傘下の情報網をすべて動員しろ。東京エリアで発生したすべての異常な通信トラフィックを、徹底的に洗い出せ」
一方、マンションの部屋では、時計を見上げた凛が突然あっと声を上げ、蓮の袖を引っ張った。
「お兄ちゃん、大変! ママ、今日から帝都総合病院の特別招聘枠で働くから、午前中に西沢ビルの近くの事務所へ資料を取りに行くって言ってたよ!」
蓮の顔色がサッと変わった。今、西沢ビルの周辺はあの大魔王の部下たちによって完全に封鎖されているはずだ。もしママが何も知らずにそこへ足を踏み入れたら、あの男と鉢合わせしてしまう。
「まずい、すぐに行ってママをガードしないと!」
二人の小さな天才児は素早くお揃いの黒いパーカーに着替え、小さなマスクとサングラスで顔を隠すと、ミニリュックを背負ってこっそりとマンションの玄関を抜け出した。
ちょうどその頃、帝都総合病院の相川新彦院長との極秘面談を終えた松沢愛香は、ベージュのトレンチコートの裾を颯爽と翻し、地下鉄の出口から地上へと上がってきていた。
海外で二つの医学博士号を取得し、国際的な伝説の外科医「Cynthia」として華麗な変貌を遂げた彼女は、書類を受け取るために西沢ビル前の通りを抜けようとして、ふと足を止めた。
通りのあちこちに黒服の警備員たちが立ち並び、黄色い規制線が張られて物々しい雰囲気に包まれている。
何事かと思って視線を上げ、ビルの壁面に広がる巨大LEDビジョンを見上げた瞬間、愛香の心臓がドクンと大きく跳ねた。
画面の隅で点滅している、あの特徴的な小悪魔のタッチとロボットハンドのマーク。それは、長男の蓮が普段ノートに好んで描いている落書きのサインそのものだった。
全身の血の気が一気に引き、愛香は慌ててバッグからスマートフォンを取り出すと、自宅の固定電話へと発信した。
だが、無機質なコール音がむなしく鳴り響くだけで、誰も電話に出ない。
(あの子たち、まさか……!)
背筋を冷たい汗が伝い落ち、愛香はあの怖いもの知らずの双子が、マンションを抜け出してここへ向かっていることを直感した。彼女はハイヒールの音を響かせ、冷たい秋風を切り裂くようにして、西沢ビル周辺のざわめく人混みの中へと駆け出した。
章一覧
全10章
/0/27344/coverbig.jpg)
/0/23767/coverbig.jpg)
/0/26420/coverbig.jpg)
/0/19958/coverbig.jpg)
/0/24900/coverbig.jpg)
/0/24621/coverbig.jpg)
/0/27345/coverbig.jpg)
/0/27343/coverbig.jpg)
/0/27342/coverbig.jpg)
/0/27106/coverbig.jpg)
/0/27105/coverbig.jpg)
/0/27221/coverbig.jpg)