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第3章 ロビーの危機と接近

西沢ビルの正面エントランス前には、パトカーと西沢警備部の黒い装甲車が何台も横付けされ、メインゲートを隙間なく塞いでいた。大勢の野次馬が足を止め、ざわめきが広がっている。

その頃、ビルの最上階では、高周波シグナルスキャナーを手にした渡邊が、息を切らして慎司の元へ駆け寄っていた。

「社長、ハッカーが最後に経由した電波の拠点が特定できました! このビルの1階ロビー周辺にある公衆Wi-Fiベースステーションを踏み台にしています!」

慎司の瞳が鋭く細められ、周囲の空気を凍りつかせるような危険な気配が立ち上った。

「1階ロビーの入退館ゲートと回転ドアを、すべて今すぐ封鎖しろ」

低く命じると、彼は黒服のボディガードたちを従えて社長専用エレベーターへと乗り込み、自ら侵入者を捕らえるべく1階へと降りていった。

その1階ロビーでは、黒いパーカーのフードを目深にかぶった蓮が、凛の小さな手をしっかりと握り、騒ぎを見物する人々の死角を縫うように素早く身を潜めていた。

凛は口にペロペロキャンディをくわえたまま、大きな瞳をパチパチと瞬かせ、慌ただしく走り回る警備員たちを見つめながら兄の服の裾を引いた。

「お兄ちゃん、パパ、本当にここへ降りてくるの?」

蓮は手首に巻いた小型スマート端末の画面に目を落とした。画面上では警備員の配置を示す赤いドットが、猛スピードで1階ロビーへと集まってきている。その幼い顔が、わずかに引き締まった。

西沢ホールディングスの技術班は、予想以上に動きが早い。すでに外周のベースステーションは遮断されている。今すぐここから脱出しなければ、完全に袋の鼠だ。

その時、ガラス張りのエントランスの外から中を窺っていた愛香が、行き交う人々の頭越しに見慣れた二つの小さな影を捉えた。小さなサングラスをかけ、きょろきょろと辺りを気にしている蓮と凛の姿だった。

心臓が喉から飛び出しそうになるのを覚え、愛香は警備員の制止を振り切って規制線の脇をすり抜けると、ロビーの隅にあるラウンジスペースへと駆け込んだ。

「蓮! 凛!」

愛香はその場にしゃがみ込み、二人の小さな体を力いっぱい腕の中に抱きしめた。激しい動悸に呼吸を乱しながら、目尻を赤く染め、押し殺した声で叱りつける。

「どうして勝手に部屋を出てきたの?! ここがどれだけ危険な場所か分かっているの?!」

凛は申し訳なさそうに愛香の首へ抱きついて頬をすり寄せ、小さな声で白状した。

「ごめんなさい、ママ……。お兄ちゃんが、悪いパパがどんな風に困ってるか見に行こうって……」

愛香が厳しい視線を向けると、蓮は気まずそうにうつむいたものの、すぐに小さな胸を張って母親を見返した。

「ママ、大丈夫だよ。僕の仕掛けた踏み台プログラムは完璧だから、居場所なんて絶対にバレないよ」

息子の強気な横顔に、愛香は胸が締めつけられるような愛おしさと底知れぬ恐怖を同時に覚え、二人の肩を強く掴んで言い聞かせた。

「いいえ。西沢慎司という男を絶対に甘く見てはダメ。あの人は異常なほど勘が鋭くて、冷酷な人間なの。1秒でも早くここから離れるわよ」

彼女が言い終えたまさにその瞬間、ロビーの中央に澄んだベルの音が響き渡った。

VIP専用エレベーターの強化ガラスの扉が、ゆっくりと左右に開く。

大勢の黒服のボディガードと渡邊を従え、西沢慎司がロビーへと姿を現した。その圧倒的で氷のように冷たい威圧感に、ざわついていたフロアの空気が一瞬にして静まり返る。

仕立ての良い漆黒のスーツに包まれた長身。非の打ち所がないほど整った顔立ちには、誰も寄せつけない冷徹な怒りが張りつき、鷹のような鋭い視線がロビーの隅々を射抜くように走った。

床を叩く硬い革靴の足音が届いた途端、愛香の全身が強張った。5年前、あの冷たい部屋で離婚届への署名と中絶を迫られた悪夢が、津波のように脳裏へ蘇る。

彼女は迷うことなく蓮と凛のフードを引き下げ、自らのトレンチコートの裾を広げて、二人の体を太い柱の影へと押し隠した。

ロビーの中央で足を止めた慎司は、立ち往生している来客や社員たちを冷淡に見渡し、渡邊へ命じた。

「携帯端末を持っている人間を一人残らずその場で検査しろ。不審な者は全員拘束だ」

警備隊長の合図とともに、電波探知機を手にした警備員たちが横一列に広がり、ラウンジスペースと通用口へ向けてじりじりと包囲網を狭めてくる。

愛香のコートの陰で、蓮が息を潜めたまま、腕時計型端末のサイドボタンをそっと押し込んだ。

不可視の短波電磁パルスが放たれ、わずか2メートル先まで迫っていた警備員の探知機が、突然激しいノイズを上げて白い煙を噴き出した。

「うわっ、なんだこれ?! 機械がショートしたぞ!」

警備員たちが煙を上げる機器に気を取られ、混乱が生じたその一瞬を突き、愛香は囁いた。

「しっかり掴まってて」

双子の手をきつく握りしめ、愛香は大理石の柱の死角を伝って、地下駐車場へと続く非常階段の通路へと滑り込むように身を引いた。

母子三人の動きは風のように素早く、音もなく防火扉の向こう側へと姿を消した。

だが、重い鉄の扉が完全に閉まりきる直前、蝶番がごくかすかな摩擦音を立てた。

ロビーの中央に立っていた慎司の耳が微かに動き、その鋭い視線が矢のように非常口の扉を射抜いた。

胸の奥で、説明のつかない強烈な直感が火花を散らす。まるですぐそこを、自分が5年間探し求めていた何よりも大切な存在がかすめていったかのような、異常な胸騒ぎだった。

「そこをどけ」

慎司は前に立っていた渡邊を片手で荒々しく退けると、迷うことなく非常口の扉へと大股で向かった。

一方、薄暗い非常階段の通路では、愛香が子供たちの手を引き、ハイヒールの踵を浮かせながら猛スピードで階段を駆け下りていた。

その時、頭上のフロアで、鉄の防火扉が乱暴に開け放たれる鈍い轟音が響いた。

コンクリートの狭い吹き抜けに、重く力強い足音が反響しながら迫ってくる。その一歩一歩が、愛香の心臓を直接踏みつけるかのような圧迫感を放っていた。

凛は恐怖で小さな顔を青ざめさせ、蓮は愛香の手を強く握り返して押し殺した声を上げた。

「ママ、大魔王が追ってきた! すぐ上の階にいるよ!」

愛香は乱れる呼吸を整えようと暴れる心臓を抑え込み、凛を抱き上げると、蓮を引いて地下2階の防火扉を力任せに押し開けた。

薄暗い地下駐車場には、何百台もの車が静まり返っている。愛香は、自分が西沢ビルへ来ると聞いた和紗が念のためこの地下駐車場の柱の影へ回しておいた、目立たない黒の中古セダンを即座に見つけ出した。

彼女が車へ向かって走り出したその瞬間、頭上の踊り場に黒い人影が現れ、鉄の手すりの隙間から、氷のように鋭い視線が地下2階のフロアへとまっすぐに突き刺さった。