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第2章
佐伯朋美 POV:
開け放たれた窓から, 冷たい風が吹き込んできた. カーテンが激しく揺れ, 部屋の空気を一層重くする. 海斗は煙草に火をつけ, その煙が彼の顔を覆い隠した. 彼の目は, 煙の向こうで私を見つめているが, その表情は読めない.
「千鶴は, まるで小さな太陽のようだった」
海斗は煙草の煙を吐き出しながら言った.
「いつも明るくて, 俺を元気にしてくれた. お前と違って, すぐに感情的になったり, ヒステリックになったりしない」
彼の言葉は, 私の心を深く抉った.
「仕事で疲れて帰ってきても, 家ではお前の不安定な感情の世話をしなければならない. 正直, 疲れたんだ」
彼は眉間を揉み, 心底疲れているかのように見えた.
「俺も, 疲れたんだよ」
その言葉は, 私の心を氷のように冷やした.
私は呆然と海斗を見ていた. そして, ようやく口を開いた.
「離婚しましょう」
私の声は, 私自身でも驚くほど冷静だった.
海斗は顔を上げ, 私の目を真っ直ぐ見つめた. その目は, 真剣そのものだった.
「朋美, 俺は一度たりとも, お前と別れることなんて考えたことがない」
彼はそう言ったが, その言葉はただの嘘に聞こえた.
「ただ, 少しだけ『息抜き』がしたかったんだ. そうしないと, 俺はもうお前を愛する自信をなくしてしまうと思ったんだ」
彼の言葉に, 私は吐き気がした.
千鶴が, 彼の「息抜き」の場所だったのだ.
私は, あまりにも馬鹿らしくて, 笑いが込み上げてきた.
信じられないという目で海斗を見つめる.
「よくそんな恥知らずなことが言えるわね」
私の声には, 怒りが滲んでいた.
海斗は煙草の煙を吐き出し, 苛立ちと焦りを滲ませた声で言った.
「俺は最初, ずっとお前を支えていくつもりだった. でも, お前は…狂った時, 本当に醜い」
彼の言葉は, まるで鋭いナイフのように私の心を突き刺した. 心がバラバラになるような痛みだった.
私は唇を震わせ, 無理やり笑おうとした. しかし, それは泣き顔よりも醜かった.
「そう. よく今まで我慢してくれたわね. 感謝するわ」
私の声は, 皮肉に満ちていた.
海斗は深いため息をつき, 私を抱き起こそうと腰をかがめた.
「だから, 離婚はしない. 俺たちは夫婦だ」
彼の言葉が途切れた瞬間, けたたましい電話のベルが鳴り響いた. 海斗の携帯だった.
電話の向こうから, 千鶴の焦った声が聞こえてきた.
「海斗さん! 蓮が…蓮が! 」
蓮, という子供の名前が聞こえると, 海斗の顔色が変わり, 彼は慌てて立ち上がった.
私は反射的に彼の腕を掴んだ.
「その子, 誰なの? 」
私の声は, 震えていた.
海斗は私の手を振り払うと, 足早に部屋を出て行った.
私は怒りに震えながら, 彼の後を追った. 病院に着くと, 海斗と千鶴が病室のベッドのそばに立っているのが見えた. ベッドには, 息苦しそうにしている幼い男の子が横たわっていた. 千鶴は海斗の胸に顔を埋めて泣き, 海斗は優しく彼女を慰めていた.
まるで, 「完璧な家族の肖像画」のようだった.
私は, その絵の中に, 場違いな「汚点」として立っている自分を感じた.
「海斗! 」
私の声が, 病院の廊下に響き渡った.
海斗と千鶴は, 驚いたように振り返った. 彼らの顔には, 罪悪感と苛立ちが混じっていた. 海斗は私を邪魔者を見るような冷たい目で睨んだ.
「なぜここにいるんだ? 」
彼の声は, 低く冷たかった.
私は唇を震わせながら, 子供を指差した.
「この子は... 誰なの? 」
私の心の中では, 答えはもう分かっていた. だが, 彼の口からその言葉を聞きたかった. 私たちの14年間の愛が, どれほど価値のないものだったのかを証明してほしかった.
千鶴は怯えたように, 海斗の背中に隠れた.
「今はそんな話をしている場合じゃないだろ. 子供が病気なんだぞ」
海斗はそう言い, 事態を複雑にした私を責めるような目を向けた.
怒りと絶望で, 私の目の前が真っ暗になった. 頭がクラクラする.
私はフラフラと一歩前へ踏み出した.
「答えてよ! 」
私は叫んだ.
海斗は私の叫びを無視し, 千鶴を抱き締めると, 病室へ向かおうとした.
私は彼の行く手を阻んだ. 彼を行かせたくなかった. 私の目の前が霞んで見えなかった. この曖昧な地獄から, 私を解放してほしかった.
「邪魔だ. どけ」
海斗の声は, 冷酷だった.
私は首を横に振った.
彼は力ずくで私を突き飛ばした. 私はバランスを崩し, 冷たい病院の床に倒れ込んだ. 呼吸が苦しい.
海斗は振り返ることなく, 千鶴と共に廊下の向こうへ消えていった.
冷たい床が, 私の心臓の奥深くまで凍らせていく.
涙はもう出なかった. 私の心の中では, 悲鳴が響き渡っていた.
私は震える足で立ち上がり, もう一度, 彼らの後を追った. もうこれ以上, 真実から逃げるわけにはいかない.
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