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第3章
佐伯朋美 POV:
海斗は私を病院の階段の踊り場まで引きずり, 怒りに満ちた声で私を問い詰めた.
「あんないい加減なことを, 子供の前で言うな! 」
私は彼に掴まれた手首が赤くなっているのを撫でながら, 冷たく言い返した.
「何が間違っていたの? 『妻』という言葉が間違いだった? それとも, 私の子が殺されたという事実が間違いだった? 」
私の言葉に, 海斗の表情が一瞬にして凍りついた.
海斗は声を荒げた.
「あれは事故だったんだ! 」
私は病院の壁に寄りかかり, 彼をじっと見つめた.
「あなたは, その言葉を信じているの? 」
私の声には, 皮肉が込められていた.
一年前, 私は出張から帰り, 海斗に妊娠を告げようと胸を弾ませていた. しかし, 自宅の玄関を開けると, そこには信じられない光景が広がっていた. リビングはめちゃくちゃに荒らされ, 二人の結婚写真が引き裂かれ, 階段の踊り場に散乱していた. 私は急いで階段を駆け上がろうとした瞬間, 足元に広がる油のような滑る液体に気づいた. そして, そのまま階段から転落し, 腹の中の子供を失った.
海斗は当時, 親戚の子供の悪戯だと私に説明した. 私はその言葉を信じた.
「あなたは人間じゃないの? 」
私の声は, 怒りと悲しみで震えていた.
海斗は何も言えず, 視線を彷徨わせた.
私の目から, 止めどなく涙が溢れ落ちた. 体全体が震え, 崩れ落ちそうになる.
「どうしてこんなことができるの? なぜ? 」
流産の後, 私は夜な夜な悪夢にうなされた. 血まみれの赤ちゃんが私を責める夢. 私は病気になり, 感情をコントロールできなくなった. 自分自身を責め, 海斗を憎み, 親戚の子供を恨んだ.
海斗は最初こそ同情してくれたが, 次第に苛立つようになった.
「お前は狂った女だ! 子供のせいにするな! 」
彼は私を罵倒し, あの子供を擁護した.
あの子供が, 彼の子供だったなんて.
私の心は, 激痛に襲われた. 私は舌を噛みしめ, その痛みに耐えた.
海斗はあの時, 私を慰めた.
「大丈夫だ. また産める」
その言葉が, 今となっては残酷な嘘に聞こえる.
「あなたの慰めの言葉は, 全て嘘だったのね」
私は彼を真っ直ぐ見つめた.
「私が苦しんでいる間, あなたは千鶴と, 彼女との子供と, 幸せな家庭を築いていたのね」
私の絶望は, 彼にとってただの滑稽な芝居に過ぎなかったのだろうか.
私の言葉は海斗の心を深く突き刺したようだった. 彼の顔色は青ざめ, その目は動揺していた.
彼は私の視線を避け, 壁を見つめた.
「朋美…」
彼の声は, 言い訳を探しているかのように聞こえた.
もう, 彼の言葉を信じることはできない. 14年間の愛が, 全て嘘の上に築かれていたのだ.
私は, この絶望の中で, 彼に最も残酷な真実を告げることにした. それが復讐なのか, それとも自分をさらに傷つける行為なのか, 私には分からなかった. ただ, もう一人でこの重荷を背負いきれない.
私は深呼吸をし, 彼の目を真っ直ぐ見つめた.
そして, 冷静に, はっきりと告げた.
「私, 妊娠したわ」
海斗の顔に, 驚愕の表情が浮かんだ. 彼はすぐに反応できなかった.
「今, なんて言った? 」
彼は信じられないというように繰り返した.
「妊娠した, って言ったのよ」
私の言葉に, 彼の瞳孔は収縮し, 眉間に深い皺が刻まれた. 彼は私の腹部に視線を落とし, 数秒間そのままでいた.
そして, か細い声で呟いた.
「妊娠…」
私の体が, 一瞬にして凍りついた.
彼の表情に, 喜びの色は微塵もなかった. ただ, 驚愕, 計算, そして嫌悪が混じり合っているだけだった.
私の最後の希望が, 粉々に砕け散った.
私はフラフラと壁に寄りかかり, ほとんど崩れ落ちそうになった. 呼吸ができない.
海斗は何も言わず, ただ私を見下ろしていた. 彼の沈黙が, 彼の感情を雄弁に物語っていた.
私は虚ろな目で, 床の光の斑点を見つめていた.
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