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藤原辰雄は自らの手で、日章旗に覆われた一つの箱を捧げ持った。もう一つの箱は、先ほど茜を案内した幹部自衛官が同じように恭しく抱える。 二人はまるで神聖な儀式を執り行うかのように、ゆっくりとした足取りで茜の前へと進み出た。 「高橋健一、高橋雅、両名は、我が国の平和と独立を守るため、その尊い命を捧げた。その功績は防衛史に永く刻まれるだろう。本日、我々は二人の英雄を、その最大の誇りの元へと帰還させる」 藤原の低く、しかし力強い声が静まり返った講堂に響く。 彼が言う「最大の誇り」とは、他の誰でもない、茜自身のことだった。 茜は震えそうになる指先に力を込め、両腕を静かに差し出した。 まず父親の遺骨が、その腕の中に収まる。ずしりとした重み。しかし、彼女の腕は微動だにしなかった。 続いて、母親の遺骨もその上に重ねられる。 茜は二つの箱を胸に強く抱きしめた。まるで失われた世界の全てを取り戻すかのように。 藤原は、はめていた白い手袋を外し、その温かく節くれだった大きな手で茜の肩をそっと叩いた。 「茜、今日までよく頑張ったな、辛かっただろう」 その声には、父親のような労りが満ちていた。 彼は何かを言いかけたが、茜は小さく首を振ってそれを制した。今は言葉は要らなかった。両親の前で涙は見せたくない。 藤原は彼女の強さを理解し、静かに頷いた。そして持っていた一つのファイルケースを彼女に手渡す。 「これは、ご両親に追贈された勲章と特別殉職叙勲の証明書だ。大切に保管しなさい」 茜は中身を見ることなく、そのファイルケースを鄭重に受け取った。そして、もう一度深く敬礼をする。 基地は最高儀仗隊を編成し、茜と両親の遺骨を乗せた黒塗りの公用車を敬礼で見送った。 車の中で、茜は窓の外を流れる景色をただぼんやりと眺めていた。心の中は氷のように冷たく、そして凪いだ海のように静かだった。 彼女は、あの家には戻らなかった。 まず向かったのは、両親のためにあらかじめ用意しておいた、海の見える霊園だった。 真新しい墓石の前に、二つの箱をそっと安置する。茜は夕暮れの冷たい風に吹かれながら、長い時間そこに佇んでいた。誰に聞かせるともなく、小さな声で何かを語りかけていた。 陽が完全に落ち、街に明かりが灯り始める頃、彼女はようやく重い足取りで松田家へと戻った。 玄関のドアを開けると、リビングの明かりが煌々と灯っていた。しかし、その空気は外の夜気よりもずっと冷え冷えとしていた。 ソファには、義母の松田恵子と義妹の松田奈々子が、まるで罪人を待ち構える裁判官のように座っていた。 和豊の姿はない。まだ篠崎結代の元から帰っていないのだろう。 恵子は茜の姿を認めると、弾かれたように立ち上がった。その顔には、隠しようのない嫌悪が浮かんでいる。 「あなた、まだ帰ってくるつもりがあったのね、一日中、どこをほっつき歩いていたの?」 奈々子がその隣で、扇動するように甲高い声を上げる。 「お母さん、見てよ、あの人の格好、なんだか薄気味悪いわ、きっと縁起でもないものに関わってきたに違いないわよ」 茜は二人を無視して、自室へ向かおうとした。 だが、恵子がその行く手を阻む。 そして一枚の書類を、ローテーブルの上に叩きつけた。 それは離婚届だった。夫の欄には、既に『松田和豊』という、見慣れた、しかし今は憎しみしか感じない署名がなされている。 「和豊はもう決めたの、私たち松田家に、あなたのような得体の知れない不吉な女は必要ない」 恵子は勝ち誇ったように顎を突き出した。 「これにサインして、とっととこの家から出て行きなさい」 奈々子も意地の悪い笑みを浮かべている。 「お義姉さん、あ、もう違うわね、高橋さん、私たちを恨まないでね、和豊兄さんの足を引っ張る、出来の悪い奥さんがいけないんだから」 茜はその一枚の紙を、ただじっと見つめていた。 今日、自分はこの国のために命を捧げた両親を、ようやく胸に抱いたのだ。 そして、その日の終わりに待っていたのが、夫の家族からのこの冷酷な追放宣告だった。 なんという皮肉だろう。 巨大な虚しさと悲しみが、茜の全身を飲み込んでいく。 涙はもう出なかった。ただ、骨の髄まで凍りつくような、絶対的な寒気を感じるだけだった。 ふと、藤原のおじさんから手渡された、あのファイルケースのことを思い出す。 中には、両親がその命と引き換えに得た、国家からの最高の名誉が収められている。 自分が、そして両親が命を懸けて守ろうとしたもの。 その全てが、この家では塵芥のようにいとも容易く踏み躙られていく。

現在読めるのはここまでです。

読み進めると物語が続きます。

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  1. 第1章第1章
  2. 第2章第2章
  3. 第3章第3章

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