メインコンテンツへスキップ

第3章 親友の極秘情報と起死回生の策

翌朝、身支度を整えた由枝はタクシーで銀座へ向かい、午前十時ちょうどに老舗カフェ「L'arc」の奥にある個室へと足を踏み入れた。

運ばれてきたブラックコーヒーを銀のスプーンで静かにかき混ぜていると、引き戸が勢いよく開き、ショートブーツの足音を響かせて中森結衣が飛び込んできた。

向かいの席に滑り込んだ結衣は、息を整える間もなくまくし立てた。

「遠藤大地のクズ! それにあの性悪な妹、本当にお似合いのゴミ同士ね! 一生留置場から出てこなければいいのに!」

由枝は親友の前に水の入ったグラスを静かに差し出し、感情の起伏を消した声で言った。

「二人とも昨夜のうちに保釈されたわ。そのあとすぐ父から電話があって、婚約者の座を暢代に譲れ、さもなければ安泰グループの継承権を剥奪するって脅されたの」

結衣が平手でバンとテーブルを叩いた。カップの中でコーヒーが小さく跳ねる。

「西畑社長、頭が沸いてるんじゃないの?! 由枝がどれだけ安泰グループのために身を粉にして働いてきたと思ってるのよ! ぽっと出の妹にすべて渡すなんて、絶対に許せない!」

由枝は視線を落とし、長いまつ毛の影に冷たい光を宿らせた。

「ええ。だから絶対に連中の思い通りにはさせない。私は何としても、安泰グループで自分の地位を守り抜くわ」

結衣は水をひと口飲み、身を乗り出してきた。彼女はやり手のPR会社に勤めており、政財界から芸能界まで幅広い裏の情報網を握っている。

「それで、昨夜言ってた調べてほしい人物って誰? 遠藤家の弱み?」

由枝は顔を上げ、結衣の瞳をまっすぐに見つめた。

「あなたが以前、遠藤大地には極度に恐れている若い叔父がいるって話していたわよね?」

結衣は一瞬きょとんとし、すぐに目を大きく見開いて声を潜めた。

「まさか神谷博のこと?! MKグループのCEOで、彼がくしゃみをすれば東京の経済界が風邪を引くって言われてる、あの怪物よ?!」

「ええ。昨夜、あの駐車場に彼が現れたの。遠藤大地ったら、彼の顔を見た瞬間に蛇に睨まれた蛙みたいに震え上がっていたわ」

結衣は興奮した様子で身を乗り出し、手持ちの情報を一気に語り始めた。

「神谷博は名目上、遠藤家に引き取られて育った養子だけど、彼が立ち上げたMKグループはとっくに遠藤家の支配を脱しているの。今じゃ遠藤家の前会長ですら、彼の機嫌を損ねないように必死よ」

由枝はテーブルの上で、人差し指をとんとんと軽く鳴らした。

「もし彼の庇護を得られれば、父も遠藤家も私に指一本触れられなくなるわね」

すると結衣は周囲を警戒するようにさらに顔を近づけ、耳打ちするように声を落とした。

「でもね、由枝。実は最近、神谷博に関する超極秘のゴシップを掴んだのよ」

由枝が片眉を上げると、結衣は吹き出しそうなのを必死に堪えながら続けた。

「神谷博ってもうすぐ三十歳になるのに、女の影が一切ないでしょう? 遠藤家の前会長が焦って見合い話を山ほど押しつけたらしいんだけど、なんと彼……男性としての機能に致命的な欠陥があって『不能』なんですって! しかも重度の潔癖症で、女に指先が触れただけで消毒するレベルらしいわ」

昨夜、神谷が白いハンカチで丁寧に指を拭っていた光景が、由枝の脳裏に鮮やかに蘇った。

(やっぱり……あの噂は本当だったのね)

「今、神谷博は遠藤家のうるさい結婚催促を黙らせるために、自分の秘密を守ってくれてお互いに干渉しない『形だけの妻』を喉から手が出るほど欲しがっているって噂よ」

由枝の瞳が強い光を帯びて見開かれた。圧倒的な権力を持ちながら、女性に手を出せない潔癖症の男。これ以上ないほど完璧な契約相手ではないか。

由枝はテーブル越しに結衣の手首を掴んだ。

「結衣、神谷博の今日か明日の非公開スケジュール、手に入る?」

結衣は由枝の気迫に呑まれ、目を丸くした。

「と、取れるには取れるけど……あんた、まさか彼を誘惑する気?!」

由枝は深く息を吸い込み、唇の端に冷徹な笑みを刻んだ。

「誘惑じゃないわ。お互いにメリットしかない、最高のビジネス取引を持ちかけるのよ」

親友の吹っ切れた表情を見た結衣は、すぐにスマートフォンを取り出し、自身の情報屋へ連絡を入れ始めた。

十分後、結衣の端末に暗号化されたメールが届いた。画面を確認した結衣は、そのままスマートフォンを由枝の前へと滑らせる。

「あったわ。今日の午後七時、MKグループ傘下の高級ホテル『Atelier S』の最上階レストランで、神谷博が一人で食事をする予定よ」

画面に並ぶ文字を見つめながら、由枝の頭の中で急速に交渉のシナリオが組み上がっていく。

「ねえ、由枝。相手はあの遠藤大地なんかとは次元が違う冷血漢よ。本当に大丈夫なの?」

心配そうに眉を寄せる結衣の前で、由枝は冷めきったブラックコーヒーを一気に飲み干した。舌の上に強い苦みが広がる。

「私にはもう退路なんてないの。虎穴に入らずんば虎子を得ずよ」

結衣は大きくため息をつくと、由枝の手を強く握り返した。

「わかったわ。あんたがそこまで覚悟を決めたなら、私も腹をくくる! 今夜はそのレストランまで私も一緒に行ってあげる!」

胸の奥に温かいものが広がり、由枝は結衣の手をきゅっと握り返した。席を立ち上がり、着ていたパンツスーツの裾を整える。

裏切った者たちに正当な報いを受けさせ、自分の場所を取り戻すためなら、相手が不能の冷血漢だろうと関係ない。

バッグを肩にかけた由枝は、結衣に向かって顎をしゃくった。

「行きましょう。今夜の大型契約に向けて、まずは銀座で戦闘服を調達しないとね」

二人は個室の扉を開け、昼下がりの銀座の街へと颯爽と歩き出した。

現在読めるのはここまでです。

読み進めると物語が続きます。

続きを読む

章一覧

全10章

  1. 第1章第1章 車窓の裏切りと冷酷な総帥の降臨
  2. 第2章第2章 家族の裏切りと絶望の淵の覚醒
  3. 第3章第3章 親友の極秘情報と起死回生の策

新着