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第2章 偽りの庇護緑茶の微笑

庭園のライトに照らされ、三人の視線が絡み合う。

翔斗は理緒の姿を認めると、冷ややかに一瞥しただけだった。なぜここにいるのかと問いただすことすらない。その無関心が、まるで鋭いガラスの破片のように理緒の心を抉った。

一方、瑞紀は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにまた悲しげな表情に戻り、涙声で言った。

「ごめんなさい、理緒さん。私が……翔斗さんをここへ呼び止めてしまったから……」

その言葉は、まるで理緒がふたりの大切な時間を邪魔したかのような響きを帯びていた。自分が被害者であると、暗に主張しているのだ。

「お前のせいじゃない」

翔斗は即座に瑞紀を庇い、理緒には視線すら合わせず冷たく言い放った。

「中に入れ」

その声には、先ほど瑞紀に向けられていた優しさの欠片もなかった。

重々しい空気が漂うリビングに入ると、翔斗の父である高梨昭彦と、継母の珠季がソファに腰掛けていた。高梨グループの元会長である昭彦は、今は経営の一線から退いているものの、その存在感は未だに大きい。そして後妻である珠季は、元は銀座のクラブのママだったという噂のある、派手な美貌の女性だった。

珠季は理緒を見るなり、唇の端に嫌味な笑みを浮かべた。

「あら、いらしたのね。翔斗を独占するのも大概にしてくださらない? 高梨家がどれほどの家柄か、あなたはご存じないのかしら」

珠季は、翔斗の実母が亡くなった後に昭彦の後妻として高梨家に入った。彼女にとって前妻の息子である翔斗は疎ましい存在であり、その妻である理緒のことも、家柄が釣り合わないという理由で常に見下している。

「……独占など、していません」

理緒は言葉に詰まった。事実とはあまりにもかけ離れた非難に、どう反論していいかも分からない。

「珠季、言い過ぎですよ」

昭彦が弱々しく仲裁に入るが、珠季は鼻で笑うだけだった。この家での実権は、完全に珠季が握っている。

「家柄も分からないところから嫁いできたのだから、もう少し高梨の嫁としての自覚を持ったらどうかしら」

追い打ちをかけるような言葉に、理緒は唇をきつく結び、反論しようと顔を上げた。自分は何も悪いことなどしていない。こんな屈辱的な扱いを受ける筋合いはないはずだ。

その時だった。

「母さん、やめろ」

それまで黙ってグラスを傾けていた翔斗が、低く冷たい声で制した。

「俺の妻を侮辱することは、この俺を侮辱することだ」

理緒は驚いて翔斗を見た。彼が自分のために珠季へ意見するなんて、結婚して以来初めてのことだった。胸の奥に、信じられないようなかすかな熱が込み上げる。

珠季は一瞬怯んだように黙りこみ、不満げに顔をそむけた。昭彦はほっと胸をなでおろす。

しかし、理緒はすぐに気づいてしまった。

翔斗の言葉は、理緒自身を守るためのものではない。彼自身の、そして「高梨家」の次期当主としての権威と面子を守るためのものにすぎないのだと。

彼の瞳は、氷のように冷たいままだった。そこには理緒への愛情や思いやりなど、微塵も感じられない。一瞬灯りかけた希望の光は、またしても冷たい水で容赦なく消し去られた。

場の空気がわずかに緩んだその隙に、理緒の視界の端で、瑞紀がこちらへ向けて挑発的な笑みを浮かべるのが見えた。それはほんの一瞬で、すぐにまたいつもの可憐で儚げな表情へと戻る。

ぞわりと、全身の血が逆流するような感覚に襲われた。

(なんてあざとい人……)

無害なふりをして純粋さを装いながら、裏ではこうして人を追い詰めていく。

この家は、自分にとって敵しかいない場所なのだ。夫も、義理の家族も、そして夫の想い人すらも、全員が寄ってたかって自分をすり減らしていく。

「それにしても、蒼と瑞紀さんの結婚式の準備、順調に進んでいるみたいで嬉しいわ」

珠季はわざとらしく話題を変え、自分の実子である高梨蒼と瑞紀の結婚について嬉々として話し始めた。その間、翔斗は無言でグラスの酒を呷り続け、彼のまわりの空気は凍りつくように冷たくなっていく。

夫が自尊心のために自分を庇ったという事実と、瑞紀が見せた勝ち誇ったような笑みが、理緒の頭の中で何度も渦を巻いた。

この結婚は、最初から取り返しのつかない過ちだったのではないか。

その疑念は、心の奥底で確信へと変わり始めていた。

「理緒さんは、まだお子さんの予定はないの?」

突然、珠季がねっとりとした声で尋ねてきた。それは、跡継ぎを産めない嫁に価値などないという、無言の圧力そのものだった。

理緒が息を詰め、何か答えようとする前に、翔斗が鋭く遮った。

「俺たちの問題だ。口を挟むな」

再び理緒を庇う形にはなったものの、その声には苛立ちだけが滲んでいた。彼は一度として理緒のほうを見ようとはしない。

そんな翔斗の横顔を、瑞紀が心配そうに見つめていた。

「翔斗さん、あまり飲み過ぎないで……お体が心配だわ」

その柔らかな声に、翔斗は瑞紀にだけ、ほんの一瞬だけ視線を和らげる。

その微細な変化を、理緒は見逃さなかった。

もう、やめよう。

この人から心を通わせてもらおうと願うこと自体が、最初から間違いだったのだ。

理緒は、自分の心を完全に閉ざすことを決めた。

長い夜が明け、マンションへ戻る車中、翔斗は一言も発しなかった。理緒もまた、流れていく窓の外の景色だけを見つめ続けた。ふたりの間には、もはや修復のしようがないほど深く冷たい亀裂が走っていた。

マンションの地下駐車場に着き、理緒が先に車を降りようとした、その瞬間――。

「待て」

翔斗に、腕を強く掴まれた。その強引さに、理緒は思わず顔をしかめる。彼の指先は、まるで自分の所有物だと誇示するかのように、理緒の肌へ深く食い込んでいた。

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読み進めると物語が続きます。

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章一覧

全57章

  1. 第1章第1章 忘れられない女性の涙私の地獄
  2. 第2章第2章 偽りの庇護緑茶の微笑
  3. 第3章第3章 穢された口づけ凍てつく心

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