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第3章 穢された口づけ凍てつく心

翔斗の指が、理緒の細い腕に痛いほど食い込む。その強さに理緒は顔をしかめ、彼の手を振り払おうとした。

「離してください」

低く抗議の声を上げる。しかし、彼が力を緩める気配はない。

「なぜだ」

翔斗はアルコールと苛立ちで濁った瞳で、理緒を睨みつけた。

「お前は、俺の妻だろう」

その言葉は愛情などではなく、ただの権利の主張にしか聞こえなかった。理緒は冷めきった瞳で彼を見つめ返す。この男にとって、自分は「妻」という名の所有物にすぎないのだ。

翔斗は理緒の抵抗を意にも介さず、無理やり車から引きずり出すと、マンションのエレベーターへと押し込んだ。狭い密室の中で、ふたりの間の空気はいっそう重く澱んでいく。翔斗の荒い息遣いと、立ち込めるアルコールの匂いが、理緒の逃げ場を奪っていった。

部屋に着くなり、翔斗は理緒をリビングの壁に力任せに押し付けた。鈍い音が響き、理緒の背中に強い衝撃が走る。

「本邸でのあの態度は何だ。俺に恥をかかせる気か」

翔斗が低い声で詰問してくる。

「……恥?」

理緒には、彼の言っている意味が理解できなかった。自分はただ、四方から浴びせられる屈辱に耐えていただけだ。

「瑞紀の前で、あんな顔をするな」

彼の口から出たのは、結局のところ瑞紀の名前だった。自分の妻がどれほど侮辱されようと構わない。だが、自分の愛する女の前で不機嫌な顔を見せることだけは許さない――そういうことなのか。

その名を聞いた瞬間、理緒の中で何かがぷつりと音を立てて切れた。怒りと絶望が、一気に限界を超える。

「私のどんな顔が、あなたの最愛のあの方のご気分を害したというのですか?」

理緒は初めて、冷たい棘を含んだ言葉を投げ返した。

翔斗は一瞬、驚いたように目を見開いた。いつでも従順だった妻からの、思いがけない反撃だったからだ。だが、その表情はすぐに剥き出しの怒りと支配欲へと塗りつぶされた。

「口答えするな」

彼は理緒の顎を乱暴に掴んで上を向かせると、有無を言わさずその唇を奪った。

それは到底、キスと呼べるようなものではなかった。ただの罰であり、力による支配の誇示にすぎない。重ねられた唇から伝わってくるのは、情熱などではなく、瑞紀への執着と自分への苛立ちが入り混じった不快な熱だけだった。

理緒は必死に抗い、彼の硬い胸を押し返そうとするが、男の腕力にはまるで歯が立たない。屈辱で視界が涙に滲むなか、きつく目を閉じる。全身が怒りと恐怖でわなわなと震えた。

翔斗の手が、さらに理緒のブラウスのボタンへと伸びる。その動きに、理緒の恐怖は頂点に達した。

「やめて!」

理緒はありったけの力を込めて叫び、目の前にある彼の腕に思いきり噛みついた。

「っ……!」

翔斗が短く呻き、たまらず理緒の体を突き放す。露わになった腕には、くっきりと赤い歯型が刻まれていた。

自由になった理緒は数歩後ずさり、憎しみを込めて彼を睨み据えた。

「私は、あなたの所有物じゃない。あなたの感情のはけ口でもありません!」

頬を涙が伝い、唇は乱暴に扱われたせいで赤く腫れ上がっている。その姿は痛々しくもありながら、今まで決して見せなかった強い意志を宿していた。

翔斗は噛まれた腕を押さえたまま、驚愕と怒りに言葉を失い、ただ理緒を見つめることしかできない。

張り詰めた沈黙が、重くふたりの間に横たわる。

理緒は震える指先で、客間のドアノブを掴んだ。

「今夜は、別々に寝ます」

それは結婚して以来、初めて口にした明確な拒絶だった。

翔斗が口を開くよりも早く、理緒は客間へと滑り込み、内側からカチャリと鍵をかけた。

声を押し殺し、肩を震わせて嗚咽を漏らす。

もう、無理だ。

この結婚は、とっくの昔に終わっていたのだ。

冷えきった心で、理緒は静かにそう確信した。

ドアの向こうにはしばらく翔斗の気配が残っていたが、やがて遠ざかっていく足音が耳に届いた。

翌朝、翔斗と顔を合わせる前にこの家を出て行こうと、理緒は暗闇の中で固く心に誓った。

現在読めるのはここまでです。

読み進めると物語が続きます。

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章一覧

全57章

  1. 第1章第1章 忘れられない女性の涙私の地獄
  2. 第2章第2章 偽りの庇護緑茶の微笑
  3. 第3章第3章 穢された口づけ凍てつく心

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