/0/20262/coverbig.jpg)
/0/24756/coverbig.jpg)
第3章
三年後。東京、某最高級ホテル。九条家主催のチャリティーパーティー。 会場は、着飾った紳士淑女で華やいでいた。重要ゲストとして招かれた伊藤暁は、数人の財界の大物と当たり障りのない会話を交わしながらも、その表情は相変わらず冷ややかだった。 親友の佐藤健太が隣に寄り、また母親に見合いをセッティングされたと小声で愚痴をこぼしている。 暁は生返事をしながら、無意識に会場全体を見渡した。鷹司凛が去ってからのこの三年、生活から何かが欠けているような、漠然とした焦燥感が常に付きまとっていた。 その時、会場の入り口がにわかにざわつき、全ての視線がそちらへ引き寄せられた。 ロイヤルブルーのロングドレスを纏った一人の女性が、ゆっくりと歩みを進めてくる。しなやかな身のこなし、人を寄せ付けない清冷な雰囲気。彼女が登場した瞬間、会場の空気が変わった。 雪のように白い肌に、完璧に配置された精緻な顔立ち。星のように輝く瞳は、見る者を吸い込んで離さない。息を呑むほどの美しさだった。 佐藤健太は目を奪われ、呆然と呟いた。 「おい、どこの令嬢だ?こんな美女、見たことないぞ」 伊藤暁の視線もまた、その女性に釘付けになっていた。コントロールできない心臓が、一拍、大きく脈打つのを感じる。 あの立ち姿……どこか見覚えがあるような気がする。だが、あの顔は、全くの別人だ。 彼は、あの肥満体だった元妻のことを思い出した。彼女はいつも俯いて歩き、人と目を合わせることを避けていた。しかし、目の前のこの女性は、優雅で、自信に満ち、まるで世界が自分のために回っているかのような立ち居振る舞いを見せている。別人すぎる。あまりにも変わりすぎている。 彼はすぐに、自身の馬鹿げた考えを打ち消した。あの女が、これほどまでに圧倒的な美貌と気品を身につけることなど、あり得ない。 佐藤健太は、すでにネクタイを締め直し、シャンパングラスを片手に、その美女へと向かって歩き出していた。 暁は眉をひそめたが、止めはしなかった。ただ、その行方を目で追い続ける。 健太は女性の前に立つと、自信に満ちた笑みを浮かべた。 「美しいお嬢さん。少しお話ししませんか?佐藤健多と申します」 女性脱皮を遂げた鷹司凛は、彼を淡々と一瞥しただけで、取り合う素振りも見せない。 その冷淡な態度が、かえって健太の征服欲を煽った。 「失礼ですが、あまりお見かけしないお顔です。最近、海外からお戻りに?」 三年前、健太は凛の肥満体型と卑しい出自を、大勢の前で嘲笑ったことがある。当然、目の前の女性がその本人だとは、夢にも思っていない。 凛の口元に、皮肉ともとれる微かな笑みが浮かんだ。 その時、パーティーの主催者である九条家の長男、九条怜が近づいてきた。彼は、凛に対して親しげに話しかける。 「凛、やっと来たか。父上が待ちかねていたぞ」 佐藤健太の笑顔が、顔に張り付いたように固まった。九条怜?彼が、この女性を『凛』と? 遠くで見ていた伊藤暁の瞳孔が、鋭く収縮した。全身の筋肉が、瞬時に強張る。 凛? その名前と、どことなく見覚えのあるシルエット……心臓が激しく打ち、馴染みのある名前に動揺した。 凛は九条怜に微笑み返した。その笑みは、まるで固く閉ざされた氷が解ける瞬間のようで、健太は再び心を奪われる。 彼女は健太を完全に無視し、怜と共に会場の奥へと向かった。 諦めきれない健太が、九条怜に追いすがる。 「怜、こちらはどなたなんだ?」 九条怜は健太を一瞥し、淡々と紹介した。 「俺の義理の妹だ。鷹司凛」 「たかつかさ……りん?」 健太はその名前を繰り返し、それでもなお、目の前の美女と三年前のあの醜い棄婦を結びつけることができずにいた。 だが、伊藤暁は違った。 雷に打たれたような衝撃が、全身を貫いた。シャンパングラスを握る指が、力を込めすぎて白く変色している。 間違いない。彼女だ。 帰ってきたのだ。 それも、全くの別人に生まれ変わり、そして、九条家の人間として。 暁の目に、驚愕、困惑、そして彼自身も気づかない、微かな後悔の色が浮かんだ。 彼はグラスに残っていたシャンパンを一気に煽り、その視線を、凛の後ろ姿に釘付けにしたまま、動かすことができなかった。
章一覧
全70章
/0/23988/coverbig.jpg)
/0/21921/coverbig.jpg)
/0/26474/coverbig.jpg)
/0/24642/coverbig.jpg)
/0/20989/coverbig.jpg)
/0/26850/coverbig.jpg)
/0/26851/coverbig.jpg)
/0/26843/coverbig.jpg)
/0/26844/coverbig.jpg)
/0/26754/coverbig.jpg)
/0/26824/coverbig.jpg)