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第2章 一夜の過ち

カーテンの隙間から差し込む朝の光が、小林静の瞼を刺した。

割れるような頭痛と共に、彼女は目を覚ます。

シーツの乱れたベッド。隣は、冷たい空気を孕んでいるだけだった。昨夜の断片的な記憶が、羞恥を伴って脳裏に蘇る。

契約上の夫、「近衛悠真」と関係を持ってしまったのだと。しかし、病弱だと聞いていた彼の異常なまでの体力と激しさに、静は密かに驚愕していた。

軋む身体を起こし、渇いた喉を潤そうと水を探してサイドテーブルに目を向けた。そこに置かれていたホテルからのウェルカムカードの宛名が、彼女の目に飛び込んできた。

『鷹司様』

手に取った瞬間、静の血が凍りついた。

近衛悠真ではない。全くの他人と、一夜を共にしてしまったのだ。

巨大な恐怖と焦燥感が、彼女の心臓を鷲掴みにした。

バスルームに駆け込み、鏡に映る自分の姿に言葉を失う。赤く泣き腫らした目元。首筋には、他人の所有物だと示すような赤い痕が、点々とついていた。

胃の奥から、酸っぱいものがこみ上げてくる。

ここにいてはいけない。一刻も早く、この場所から消えなければ。

彼女は急いで自分の服を着た。見知らぬ相手に対する罪悪感と心苦しさから、である青いアイリスのイヤリングをペアで残して、謝罪の品にしようと考えた。

しかし、昨夜の男が自分を抱き寄せ、熱を帯びた吐息で積極的に応じ、ひどく没頭していた様子を思い出すと、すべてのアクセサリーを手放すのが惜しくなった。

迷った末に、彼女はイヤリングを片方だけサイドテーブルに置き、備え付けのメモパッドに震える手で短い謝罪の言葉を書き残した。

『お疲れ様、昨夜は申し訳ありませんでした。これでお許しください』

書き終えると、彼女は一度も振り返ることなく、その見知らぬ部屋から逃げ出した。

廊下に出て、恐る恐る部屋のドアのプレートを見上げる。「8801」。

養父から告げられていた部屋番号は「8807」だった。自分が番号を見間違えたせいで、とんでもない過ちを犯してしまったのだと、静は絶望的な気持ちでホテルを後にした。

それからしばらくして、乱れたベッドの上で眠っていた鷹司暁は、私用のスマートフォンのけたたましい着信音によって目を覚ました。

ディスプレイには、「祖母」の二文字。

暁は重い身体を起こし、電話に出ると、いつもの冷静な声色に戻っていた。

『もしもし、お祖母様』

電話の向こうから、鷹司薫の威厳のある声が聞こえてくる。

『暁、昨夜はどうだった?吉田家の静さんとは会えたのか?』

吉田静。その名を聞いた瞬間、暁の脳裏にすべての経緯が整理された。

数年前、彼が慢性的な猛毒に侵され、生死の境を彷徨っていた時のことだ。祖母は彼を守るために「近衛悠真」という偽名を与え、吉田家の娘を妻として迎え入れた。その後、彼は奇跡的に回復し、海外で長期療養生活を送っていたため、吉田家は未だに「近衛悠真」の正体が鷹司暁であることを知らなかった。

昨夜、祖母は彼に内緒で二人が会うように手筈を整えていたらしい。しかし、彼は直前になって気まぐれに部屋を変更していた。

本来指定されていた部屋に行かなかった以上、約束通りに現れたはずの妻とは会っていない。

『いいえ、誰にも会っていませんよ』

暁は面倒そうに誤魔化し、早々に電話を切った。

通話を終えた彼は、ベッドの脇に置かれた片方だけの青いアイリスのイヤリングと、短い謝罪のメモに目を落とした。

昨夜の女が誰だったのかは知らない。しかし、彼の身体には、猛毒が排除された今でも不定期に発作を起こし、鎮痛剤を必要とする後遺症が残っている。昨夜の異常なまでの衝動も、そのせいだったのかもしれないと、暁は冷ややかな目でイヤリングを見つめていた。

続きを読みますか?

読み進めると物語が続きます。

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章一覧

全150章

  1. 第1章第1章 濡れ衣を着せられた身代わりの花嫁
  2. 第2章第2章 一夜の過ち
  3. 第3章第3章 イヤリングがきっかけとなった追跡調査

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