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第3章 強欲な一族への決別
結納品を積み込んだトラックが、出発の準備を整えていた。千代が助手席に乗り込もうとした、その時だった。 「待ちなさい!」 鬼の形相で玄関から飛び出してきたのは、佳子だった。 「その結納品は、莉奈のものになるはずだったのよ!」 千代はトラックのステップに足をかけたまま振り返り、冷ややかに口元を緩めた。 「なるはずだった? では、なぜ莉奈は嫁がないのですか?」 「それは……莉奈が、優しいから……」 しどろもどろになる佳子へ、千代は容赦のない言葉を突きつける。 「ええ、本当に優しいこと。自分の代わりに姉へ火中の栗を拾わせ、その見返りだけをちゃっかり頂こうというのですから」 「てめえ、誰に向かって口を利いてるんだ!」 彰人が掴みかかろうと詰め寄るが、屈強な警備員が即座に立ちはだかり、無言で制止した。圧倒的な体格差とプロの威圧感を前に、彰人は気圧されて足を止める。千代はそんな義兄を一瞥し、まるで路傍の石でも見るかのようにすんなりと視線を外した。その侮蔑に満ちた態度に、彰人の顔が屈辱で真っ赤に染まる。 「せめて、お前の母さんの形見の品だけでも……」 今度は直輝がすがるように情に訴えかけてきたが、千代は冷徹に言い放った。 「母の形見? 私の母は、あなたたちの母ではありません。それに、この結納品の中に、あなたたちの母親のものなど一点たりとも含まれていません」 最後に、千代は青ざめて震える莉奈へと視線を向けた。 「莉奈、よく見ておきなさい。これが、あなたが手放したものの価値よ」 豪華絢爛な結納品の数々が自分の手からすり抜けていく現実に、莉奈の瞳は後悔と憎悪で濁り、今にも狂気に呑まれそうになっていた。 (可哀想に。自分の選択が何をもたらすのか、想像すらできなかったのね。でも、これはほんの始まりに過ぎないわ) 千代は家族に背を向け、今度こそトラックの助手席へと乗り込んだ。 「お願いします。永山邸へ」 運転手に告げると、トラックは静かに発進し、園田家の広大な敷地を後にした。佳子、彰人、直輝、莉奈の四人は、遠ざかっていく車影をただ呆然と見送るしかない。 やがて佳子はその場にへたり込み、「私の……私の結納金が……」とうわごとのように呟き始めた。 その傍らで、莉奈が地の底から響くような声で呪詛を吐き出す。 「藤井千代……絶対に許さない……!」 トラックが通りへ出ると、千代は深く息を吐き出した。全身を駆け巡っていた張り詰めた緊張が、かすかに緩んでいく。 バックミラーの中で、園田家の豪邸が次第に小さくなっていく。それは、千代にとって忌まわしい過去との完全な決別を意味していた。 手元のスマートフォンが微かに震え、弁護士の中田から通知が届く。 「手続きは完了いたしました。今後のサポートが必要な際は、いつでもご連絡ください」 千代は画面をタップし、簡潔に返信を打った。 「ありがとうございます」 この弁護士は、今後も味方につけておく価値がある。 千代の意識は、すでに次の盤面へと向かっていた。 (永山隼人……余命いくばくもない、奇病に侵された男。前世では顔を合わせることすらなく、彼の死後に私も命を奪われた。けれど今世では、彼に私の最初の駒になってもらう) 奪い返した結納品は、単なる財産ではない。復讐を遂げ、自らの自由を勝ち取るための最初の軍資金だ。 千代を乗せたトラックは、夕暮れに染まる街を走り抜けていく。その先にあるのは、まだ見ぬ婚家と、新しく切り開くべき運命だった。
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全67章
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