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第2章 全ての結納品は私のもの

園田家の顧問弁護士である中田が、重厚な革鞄を手にしてリビングに現れたのは、それから三十分も経たないうちだった。佳子から電話でおおまかな事情を聞かされたのだろう、その表情には困惑と訝しさが浮かんでいる。 「……千代さん。本当に、よろしいのですね?」 中田は念を押すように尋ねた。彼の知る千代は、いつも俯き、おどおどと言葉を紡ぐ少女だったからだ。 「はい。私の意思です」 きっぱりと答える千代のあまりに堂々とした態度に、弁護士はわずかに目を見張った。それでもすぐに表情を引き締めると、持参したノートパソコンを開き、法的に有効な縁切り合意書を作成し始めた。 タイピングの音だけが響く重苦しい空気の中、やがて合意書が完成に近づいた。その時だった。 「お姉様!」 莉奈がソファから駆け寄り、千代の腕に縋りついた。その瞳には涙が浮かんでいる。 「考え直して! 私たちが間違っていたわ! だから、縁を切るなんて言わないで!」 最後の演技。その狙いは、千代の同情を引いて縁切りを阻止し、最終的には永山家から届くであろう莫大な結納品を園田家のものとして確保することだ。その浅ましさが透けて見え、千代の心は冷ややかに凪いでいた。 「今さらその言葉に、何の意味があるの?」 千代は莉奈の腕を静かに、けれど断固として振り払った。 「あなたの涙は、私には一滴も響かないわ」 「そ、そんな……」 「あなたが本当に私を思うなら、なぜ身代わりを強要された時に庇ってくれなかったの? 欲しかったのは、私の不幸の上に成り立つ自分の安寧と、永山家の富だけでしょう」 核心を突かれ、莉奈の顔からさっと血の気が引いていく。その様子を見て、兄の直輝でさえ莉奈の偽善に気づいたのか、苦々しい表情で押し黙った。 「さっさと署名させなさい!」 佳子は莉奈の失敗に舌打ちし、吐き捨てるように言った。 千代は用意された合意書に、一切の迷いなく「藤井千代」と署名し、朱肉をつけた親指で、指定された場所に強く拇印を押した。 その瞬間、前世から続く園田家との呪縛から法的に解放されたことを実感する。縛り付けられていた重石が取り払われたように、背筋がすっと伸びた。 佳子は合意書をひったくるようにして確認し、厄介払いができたとばかりに、侮蔑に満ちた安堵の息を漏らした。 「さて」 千代はそんな佳子に向かって、にっこりと微笑みかけた。 「これで心置きなく、私の『嫁入り道具』を運び出せますね」 「嫁入り道具? あんたに、そんなもの――」 彰人が馬鹿にしたように言いかけた言葉を、千代の冷徹な声が遮る。 「永山家からいただいた結納品一式です。あれは永山家が花嫁に贈ったもの。そして、花嫁は私です。法的に園田家とは無関係になった、私の所有物です。全て、私が持っていきます」 「何を言っているの! あれは園田家が受け取ったものよ!」 佳子の顔色が瞬時に変わった。結納品は、彼女の強欲な想像すら超える価値を持つ品々ばかりだったからだ。 「いいえ。結納品は、永山家が『嫁いでくる花嫁』に対して贈られたものです。そして、永山家に嫁ぐのは、園田家の娘ではなく、この私です。この合意書が、何よりの証明になります」 千代が視線を送ると、中田は咳払いを一つして法的な見解を口にした。 「……藤井様の仰る通りです。婚姻が成立した以上、結納品は花嫁個人の資産と見なされます」 権威ある弁護士の言葉が、千代の正当性を裏付けた。園田家の面々が一気に色めき立つ。 その混乱を尻目に、千代はポケットからスマートフォンを取り出し、通話ボタンを押した。 『手配は済んでいます。今すぐ来てください』 ほどなくして、家の外に大型トラックが停まる鈍い音が響き、数人の屈強な男たちが玄関のベルを鳴らした。引越し業者と、千代が個人で手配した警備員だ。 「ふざけないで! 一歩もこの家から出させるものですか!」 佳子がヒステリックに叫び声を上げる。 「結納品が保管されている部屋へ案内してください。抵抗されるなら、警察を呼びます」 千代は男たちに淡々と指示を出した。彰人と直輝が慌てて男たちの前に立ちはだかろうとするが、プロの警備員に軽くいなされ、手も足も出ない。 「ご心配なく、お母様。私は永山家にきちんと嫁ぎますから。ただ、私のものを私が持っていくだけです」 千代は佳子へ向け、冷ややかに微笑んでみせた。 男たちは手際よく、高価な着物や宝石、美術品などを次々と運び出していく。莉奈は、その光景を燃えるような嫉妬の目で見つめることしかできない。 (これが第一歩。あなたたちが私から奪ったもの、これから一つずつ、全て取り返させてもらうわ) 園田家の者たちは、法的にも物理的にも千代を止める手立てを失い、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。 最後に、ひときわ大きな桐の箱が運び出される。その中身の価値を悟ったのだろう、佳子はめまいを起こしたようにソファへと崩れ落ちた。

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章一覧

全67章

  1. 第1章第1章 身代わり花嫁の逆襲録音開始
  2. 第2章第2章 全ての結納品は私のもの
  3. 第3章第3章 強欲な一族への決別

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