メインコンテンツへスキップ

チャプター 2 逃げられない

翌日。

刺すような朝陽が差し込み、七海は怠い腕を持ち上げて、小さく身じろぎした。

目を開けると、隣の枕にあの、夢の中の端正な顔があった。

昨夜の、思い出すだけで顔から火が出るような光景が脳裏をよぎり、七海の意識は一気に現実に引き戻された。

(——本当に、本物の小島隼人が隣にいる……!?)

(私、小島社長と……一夜を共にしちゃったわけ……!?)

隣で眠る男がまだ目を覚まさないのを確認すると、七海の心臓がドキリと跳ねた。彼を起こさぬよう、音を立てずに布団をめくり、こっそりベッドを抜け出す。

昨日は朦朧としていたとはいえ、自分から先にあの人にしがみついたことだけは、うっすら覚えている。

彼が起きたら、昨夜のことをどう説明すればいいのか——考えただけで、七海の頭は真っ白だった。

もし、小島社長にこの件で目をつけられたら——ただの平秘書の自分じゃ、もう終わりだ!

そこまで考えた七海は、もう何もかも放り出して服を纏うと、まるで逃げ出した犯人のように部屋を飛び出した。

だが、彼女は気づいていなかった——彼女がドアを閉めた、まさにその瞬間。

ベッドの上で、眠っていたはずの男が——静かに、その瞳を開いた。

……

部屋を飛び出してから、七海はここがホテルの最上階だったことにようやく気づく。彼女は半ばパニックになりながらエレベーターのボタンを連打した。

昨夜のあれこれで疲れ果てた彼女は、ただもう、一秒でも早くこの危険な場所から消えたかった。

エレベーターのドアが開く。

七海が駆け込もうとした、その瞬間。突然、誰かの手が彼女の腕を乱暴に掴み、有無を言わさずエレベーターの外へと引きずり出した。

「やっと捕まえたぜ。ずいぶん逃げ足が速いじゃねえか、七海ちゃんよぉ?」 粘りつくような、悪意に満ちた声が背後から降ってきた。「さあ、教えてもらおうか。昨夜は一体、どこの男のとこに転がり込んでたんだ?」

目の前の、脂ぎったニヤケ顔を認めた瞬間、七海の胸にまず走ったのは鋭い恐怖だった。しかし、それはすぐにこみ上げる強烈な嫌悪感へと変わる。

この男は彼女の会社の上司である松本結翔だ。結婚しているにもかかわらず、職務上の立場を利用して何度も秘書部に彼女をからかいに来ていた。

昨夜、宴会で七海に酒を無理やり飲ませたのも、松本だった。

(あの酒は、絶対におかしかった。)

(でなければ、私が昨夜、あんなことに——)

ここまで考えて、七海は松本から逃れようと、力いっぱい腕を振り払った。

しかし、松本は今回、用意周到だった。彼女が一歩走り出した途端、髪の毛を乱暴に掴まれた。

「このクソアマが! 下手に出てりゃつけ上がりやがって。てめえ、俺から何度も逃げ切れると思ってんのか!」

七海は必死に恐怖を押し殺し、声を震わせた。

「放して!」

彼女は深呼吸をすると、精一杯の脅しをかけた。「これ以上手を出したら、本気で警察に通報するから。 ……私の酒に、何を盛ったのか。自分が一番よくわかってるんでしょうね」

「警察に通報だぁ?」 松本は嘲笑し、せせら笑った。「警察がお前の言うことを信じると思っているのか?」

「……どういう意味?」 警察を出しても微塵も動じない態度に、七海は愕然とした。

「テメエみてえに、ちょっと可愛いからって、すぐ股を開いて男に取り入ろうとするクソアマなんざ、掃いて捨てるほどいるんだよ。 「俺は妻子持ちで、会社じゃ要職だ。俺さえシラを切り通せば、周りはこう思うだろうな——『ああ、ちょっと顔のいいアマが、楽して出世しようと誘惑したのに相手にされず、逆恨みで告発したんだな』ってな」

そう言うと、松本の手が七海の腰に伸び、いやらしく撫で回した。

ぶよぶよと脂の乗った巨体が、彼女の背中にじっとりと押しつけられた。

「ここでおとなしく俺のモノになっちまえば……お前も俺も、痛い思いせずに気持ちよくなれるんだぜ?」

生臭い口臭を間近に浴びせられ、七海は本気で吐きそうになった。

「触らないで……!」 七海は死に物狂いで藻掻きながら、声の限りに叫んだ。「誰か、助けて——っ!!」

揉み合ううちに、七海のブラウスの襟元が派手に引き裂かれ、肩から胸元にかけての白い肌が、不意に冷たい空気に晒された。

その滑らかな肌の上には、昨夜の情事をまざまざと物語る、淫らな赤い痕が、痛々しいほどに乱れ咲いていた。

それを見た松本は、一瞬呆然とした。

だが、次の瞬間にはその意味を悟り、逆上したように顔を真っ赤に染めた。

「そういうことか、このアバズレが! 昨夜俺から逃げ出したと思ったら、とっとと他の男に股を開いて、好き放題に抱かれてきやがったんだな! それでよくも俺の前で、お上品ぶってシラを切れるもんだ!」

怒鳴り終えると同時に、結翔は獣のような乱暴さで七海に掴みかかり、今まさに彼女の服をその場で引き裂こうとした。

七海は頭が真っ白になりながらも、必死に叫び返した。「昨日、私と一緒にいたのは、小島社長よ! 小島隼人さんなんだから! 小島社長の女に手を出したら、ただじゃ済まないわよ!」

その言葉を聞いても、松本は全く信じず、鼻で笑った。「小島社長がどんなお方か分かっているのか?お前みたいな女が簡単に触れられるような方ではない。 このアマ、よくもまあ、そんな見え透いた嘘が吐けるな! もう諦めて、素直に俺の言うこと聞けって。そっちの方がお互いのためだぜ?」

言い終わるが早いか、彼は七海を壁に乱暴に押しつけ、その豊かな胸元へと、ムニュリと指を伸ばしてきた。

七海はぎゅっと目を瞑り、反射的に金切り声を上げていた。「いやああっ!!」

その時、玉のようにしなやかな一本の手が素早く伸び、松本の手首を掴んで、彼を遠くへ投げ飛ばした。

事態が呑み込めず震える七海を、次の瞬間には、誰かの温かくて広い胸が、包み込んでいた。

七海が恐る恐る顔を上げると、視界いっぱいに飛び込んできたのは、この上なく端正で、凍てつくような冷たさを湛えた男の横顔だった。思わず、息を呑んでその場に固まった。

——小島、隼人。

続きを読みますか?

読み進めると物語が続きます。

続きを読む

章一覧

全158章

  1. 第1章第1章 社長と、過ちの一夜
  2. 第2章チャプター 2 逃げられない
  3. 第3章チャプター 3 その夜の女を調べろ

新着