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第3章
―― 富田真梨絵 ―― 翌日、父は特待生たちを呼び出し、私との婚約を白紙に戻すことを告げた。彼らは驚き、動揺した様子だったが、父の決定には逆らえなかった。彼らの表情には、困惑と、ほんのわずかな焦りが見て取れた。彼らは、私が自分たちを本当に「選ばない」とは夢にも思っていなかったのだろう。彼らは、私の愛を餌に、私から富田家の地位を奪い取るつもりだったのだ。
私が彼らを避けるようになったのは、彼らが私を傷つける言動を繰り返すようになってからだった。特に誠也は、私に対してあからさまに冷たく、玲美に対してだけは甘い顔を見せた。私はそのたび、自分が至らないからだと自分を責めた。彼らが私を嫌がるのは、私が富田財閥の令嬢という立場に胡坐をかいて、努力を怠っているからだと思い込んでいた。だから、私はもっと努力し、彼らに認められようと必死になった。しかし、それはすべて、彼らの手のひらの上で踊らされているだけだったのだ。
夕食後、私は偶然、屋敷の庭の隅にある休憩所で、特待生たちが話し込んでいるのを見かけた。彼らは、私が婚約を白紙に戻したことについて話しているようだった。私は身を隠し、彼らの会話に耳を傾けた。
「まさか、本当に真梨絵様が婚約を白紙にするなんてな」伊吹勇太の声が、驚きを含んで響いた。
「驚いたね。僕らがあそこまで冷たくしたのに、まだ諦めないと思っていたんだけど」如月新が、いつもの笑顔とは裏腹の冷たい声で言った。
誠也の声が響いた。「玲美を傷つけるような真似はさせない。真梨絵には、緒方和樹という選択肢がある。それで十分だろう」
玲美の声が、甘えたように誠也に絡んだ。「誠也を私だけのものにできて嬉しい。真梨絵様なんて、本当に邪魔だったわ」
私の胸に、再び激しい怒りがこみ上げた。彼らは、私のことを本当に嘲笑していたのだ。私の愛を、私の存在を邪魔だとまで言っていた。私の全身は震え、手のひらを強く握りしめた。爪が手のひらに食い込み、痛みが走ったが、その痛みさえも、私の心の痛みには及ばなかった。
私は、彼らが孤児院から引き取られた時のことを思い出していた。父は、富田財閥をさらに発展させるために、優秀な人材を求めていた。そして、孤児院の出身者の中から、特に才能に恵まれた少年たちを選び、私たち富田家の養子として引き取った。彼らは、将来富田財閥の幹部となり、私の婿候補となる存在だった。
玲美が屋敷にやってきたのは、誠也が引き取られてから数年後のことだった。彼女は、誠也の義理の妹として、孤児院から引き取られた。父は、誠也が孤児院で一人残された玲美を心配していると聞き、彼女も一緒に富田家で引き取ることを決めたのだ。父は、誠也が玲美を守ろうとする姿に、家族への強い絆を感じたのだろう。私は、玲美がやってきた時、これで誠也が寂しがらなくて済むと、素直に喜んだ。私自身も、妹ができることを嬉しく思った。
しかし、玲美は屋敷に来てから、すぐに特待生たちの心を掴んだ。彼女はか弱いふりをし、彼らの同情を誘った。特に誠也は、玲美をまるで自分の命のように大切にした。玲美が少しでも体調を崩せば、誠也は心配でたまらないといった様子で、彼女の傍を離れなかった。私が怪我をした時も、病気になった時も、誠也はここまで心配してくれたことはなかった。それは、私にとって理解できないことだったが、誠也が玲美のことを心から大切にしているのだと、私は自分に言い聞かせた。
特待生たちも、玲美に対しては特別扱いだった。彼女が何かを頼めば、彼らはすぐにそれに応じた。私が同じことを頼んでも、彼らは面倒くさそうな顔をした。私はそのたび、自分が彼らにとって価値のない存在なのだと、深く傷ついた。私が何か失敗すれば、彼らは皆で私を責め立てた。
「真梨絵様は、どうしてそんなこともできないんですか? 玲美様はもっと完璧ですよ」 「玲美様を見習ってください。あなたのようなお嬢様は、世間では通用しません」
彼らの言葉は、私の心を蝕んでいった。私は自分が彼らに嫌われているのだと信じ込み、自分には価値がないのだと思い込むようになった。その結果、私は彼らに認められようと、さらに必死になった。しかし、それは悪循環だった。彼らは私の努力を嘲笑し、ますます私を軽蔑するようになった。
彼らの会話を聞きながら、私はようやく理解した。彼らは私を嫌っていたわけではない。私を、彼らの目的のために利用していたのだ。玲美が、彼ら全員の心の闇、つまり孤児としての孤独につけ込み、肉体関係を持って彼らを操っていた。そして、彼らは玲美のために、私を排除しようとしていたのだ。私の純粋な愛は、彼らにとっての邪魔でしかなかった。
私の心は、完全に冷え切った。もはや、彼らに対する痛みも、悲しみもなかった。あるのは、ただ、燃え上がるような怒りと、彼らへの軽蔑だけだった。私は、彼らが私にしたことへの報復を誓った。
その日の夜、私は再び誠也と玲美の親密な現場を目撃した。今度は、彼らが私への偽りの言葉を交わしているのを聞いた。
「真梨絵様、本当に残念ね。誠也を私だけのものにできたわ」玲美が誠也の胸に顔を埋め、甘えた声で囁いた。
誠也は玲美の髪を撫でながら、冷たい声で言った。「あいつは愚かだ。富田財閥の令嬢という立場に胡坐をかいて、自分の価値を理解していなかった」
「でも、誠也は私を愛してくれるのよね?」玲美が上目遣いで誠也を見上げた。
「ああ、玲美。お前だけだ。世界中が敵になっても、俺はお前を守る。真梨絵なんて、最初から愛していなかった」誠也の言葉は、私の心を完全に粉砕した。
私の愛は、最初から存在しなかったのだ。私の純粋な感情は、彼らにとっての遊び道具でしかなかった。私の心は、絶望と怒りに打ち震えた。しかし、その震えは、もはや悲しみからくるものではなかった。それは、復讐の炎が燃え上がる、静かな震えだった。私は彼らに、私が受けた屈辱を、何倍にもして返してやる。
私は静かにその場を離れ、自室の鍵を閉めた。 机の上には、すでに設置を終えた隠しカメラの受信機がある。 画面の中には、何も知らない彼らの姿が、鮮明に映し出されていた。
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